残波岬Ⅱ(読谷村)

残波岬Ⅱ
 残波岬(ざんぱみさち)え8年前(はちにんめえ)ぬ7月(しちぐゎち)んじん、御目掛(うみか)きてえしが、今度(くんどぅ)ぬばあや、東向(あがりん)けえぬ写真(しゃしん)なとおん。
 北(にし)むてぃいぬ30mぬ淵崖(ふちばんた)あ2㎞なあん連(ちる)ちょおんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 うん如(ぐと)くおる景色(ちいち)ぬ荒(あら)さあ、沖縄(うちなあ)んじん、無(ね)えらん風儀(ふうじい)やあらに。
 うぬ崖(はんた)とお裏腹(うらはら)に、陸(あぎ)えなだやっさる平原(とうばる)なやあに、何(ぬう)ん無(ね)えんらんしん、また、ふぃるましむぬんやい、面白(うむ)さんでぃ言(い)いねえ、面白さんあん。
 いちゃんだん、自一人(どぅうちゅい)立(た)っちょおちいねえ、どぅく、寂(さび)っさなやあに、何(ぬう)がやら家(やあ)んかい帰(け)えい欲(ぶ)しゃなゆん。
 岬ぬ南(ふぇえ)むてぃんかいや、ホテルん、童(わらび)ぬ遊(あし)ぶる所(とぅくる)ん、キャンプする所んあん。
 あんしゅか、北むてぃいとぅ南むてぃいぬ風景ぬ変(か)わゆがやあんでぃ思(うむ)ゆん。
 兎角(とぅかく)、物考(むぬかんげえ)えしい欲しゃ無(ね)えんないれえ、くまんかい来(ちゅ)ゅうしえまし。

前回紹介の残波岬

【語句】
残波岬え8年前ぬ7月んじん、御目掛きてえしが=残波岬は8年前の㋆にも紹介したが、
今度ぬばあや、東向けえぬ写真なとおん=今回は東向きである。
北むてぃいぬ30mぬ淵崖あ2㎞なあん=北側の30mの絶壁は2㎞ほども
連ちょおんでぃぬ事やん=続くとされる。
うん如くおる景色ぬ荒さあ、沖縄んじん=このような景色の荒さは沖縄でも
無えらん風儀やあらに=滅多にないのではなかろうか。
うぬ崖とお裏腹に陸えなだやっさる平原なやあに=この崖とは逆に陸側は穏やかな平原になっていて
何ん無えんらんしん、またふぃるましむぬんやい=何もないのも、珍しいし、
面白さんでぃ言いねえ、面白さんあん=面白いといえば面白い。
いちゃんだん、自一人立っちょおちいねえ=ただ、一人で立っていると、
どぅく、寂っさなやあに、何がやら=あまりにも寂しい気持ちになり、
家んかい帰えい欲しゃなゆん=家に帰りたくなる。
岬ぬ南むてぃんかいや、ホテルん=岬の南側にはホテルも
童ぬ遊ぶる所ん、キャンプする所んあん=子供の遊び場も、キャンプ場もある。
あんしゅか、北むてぃいとぅ南むてぃいぬ=これほど、北側と南側とでは
風景ぬ変わゆがやあんでぃ思ゆん=風景が変わるものかと思う。
兎角、物考えしい欲しゃ無えんないれえ=頭の中を空にしたいときは
くまんかい来ゅうしえまし=ここに来るのもよし。

平和通り(那覇市)

 平和通り
 田舎(いなか)ぬ市小(まちぐゎあ)ぬ廃(した)りてぃ行(ん)じょおしとお、裏腹(うらはら)に、平和(ひいわ)通(どお)りえ、国際通りんかい繋(ちな)じょおる故(ゆい)に、戦後(いくさあとぅ)、通(とぅう)ち、むてい栄(ざけ)えいそおん。
 童(わらび)ぬばすお、平生(ふぃいじい)ぬ買(こう)い物(むん)や安慶名(あぎな)ぬ町(今あ無えんなとおん)、コザ、胡屋(ぐや)ぬ市小(くまん又早くぬ如お無えんなとおん)んかいどぅ行(い)ちゅたしが、正月(しょうぐゎち)ぬばすぬ買い物や、何(ぬう)がやら、必(かんな)じ、くまんち決(ち)わみらっとおらん。
 親(をぅや)なかい添(そ)うらってぃ行(い)ちゅるばあや、誰(たあ)が親とぅまじゅん行(い)ちゅがんでぃ言(ゆ)る事(くとぅ)なかい、兄弟煽合(ちょうでえおおええ)するあたいやたん。
 後(あとぅ)ぬうんじゅみ、親ぬ決わみゆる事どぅやたる。
 うんにいやバス乗(ぬ)てぃどぅ行ちゅたしが、でえじないしょうさたん。
 天麩羅(てぃんぷら)香(か)じゃしいねえ、なあ座(い)ちん立(た)っちん居(をぅ)ららんたん。如何(いか)な貧相(ふぃんすう)親やてぃん、くんな市(まち)んじえ、子(くゎ)んかい天麩羅、買うてぃ呉(くぃ)ゆたん…。


【語句】
田舎ぬ市小ぬ廃りてぃ行じょおしとお、裏腹に=田舎の市場が衰退しているのとは逆に、
平和通りえ、国際通りんかい繋じょおる事にあてぃ=平和通りは国際通りに面しているいることもあり、
戦後、通ち、むてい栄えいそおん=戦後、繁盛し続けている。
童ぬばすお、平生ぬ買い物や安慶名ぬ町=子供の頃に普段の買い物といえば、安慶名の町
(今あ無えんなとおん)=(今はない)
コザ、胡屋ぬ市小(くまん又早くぬ如お無えんなとおん)=コザや胡屋(ここも以前程ではない)
んかいどぅ行ちゅたしが=へ行ったものだが、
正月ぬばすぬ買い物や、何がやら、必じ=正月の場合の買い物は何故か必ず、
くまんち決わみらっとおらん=ここ(平和通り)と決まっていた。
親なかい添うらってぃ行ちゅるばあや=親に連れて行かれるときは、
誰が親とぅまじゅん行ちゅがんでぃ言る事なかい=誰が一緒に行くかという事で、
兄弟煽合するあたいやたん=兄弟喧嘩するほどであった。
後ぬうんじゅみ、親ぬ決わみゆる事どぅやたる=最終的には親が決めることなのであった。
うんにいやバス乗てぃどぅ行ちゅたしが=当時はバスに乗って行ったのだが、
でえじないしょうさたん=とても嬉しかった。
天麩羅香じゃしいねえ、なあ座ちん立っちん=天麩羅の香が漂ってくると、もう落ち着いて、
居ららんたん=いられなかった。
如何な貧相親やてぃん、くんな市んじえ=どんな貧乏親でも、ここでは、
子んかい天麩羅、買うてぃ呉ゆたん…=子に天麩羅を買い与えたものだ…。

首里城(那覇市)

首里城と龍箪池b
 昨日(ちぬう)、首里城(うぐしく)ぬ百浦添(むんだしい)、南(ふぇえ)ぬ御殿(うどぅん)、北(にし)ぬ御殿うぬ他(ふか)ぬ建物(うどぅん)でえぬ合(あ)あち七所(ななとぅくる)びけんぬ諸燃(むるめ)えいさん。
 沖縄人(うちなあんちゅ)ぬ肝(ちむ)ぬあたら頼(たゆ)い所(どぅくる)とぅなとおたるむぬ、いっぺえ、口惜(くちゅう)しゃ残念(ざんにん)やん。
 写真(しゃしん)ぬ左(ふぃざい)むてぃいや百浦添、うぬ此処側(くまばた)んかい在(あ)しえ、北ぬ御殿。一(ちゅ)けん、失(うし)いねえ、再建(まただてぃ)すしえ、銭(じん)ぬ事(くと)お側成(すばな)ちん、時間(じかん)や費(てえ)すん。
 なあ同(い)ぬ景色(ちいち)ん見(ん)だらんないがやあんでぃ思(うみ)いねえ、肝暮(ちむく)りゆい、寂(さび)しさんあん。
 何(ぬ)が何(ぬう)んでぃち、あんけえなたがんでぃち、ちゃんちゃんさんてえまん、なんくる元(むとぅ)んかい戻(むどぅ)ゆるむのおあらん。
 首里城ぬ焼(や)きたしえ、今(なま)ぬまあどぅし、四(ゆ)けんなゆん。
 やしが、昔(んかし)ん人(ちゅ)お御城(うぐしく)お強(しい)いてぃん無(ね)えらんでえならんむんとぅし、考(かんげ)えやあに、うぬ毎(かあじ)、必(かんな)じ、再建し来(ち)ゃん。
 うんな肝(ちむ)んちょうんあれえ、必じ再建なゆん。

【語句】

昨日、首里城ぬ百浦添、南ぬ御殿、北ぬ御殿=昨日、首里城の正殿、南殿、北殿、
うぬ他ぬ建物でえぬ合あち七所びけんぬ諸燃えいさん=その他の建物が合わせて七つが全焼した。
沖縄人ぬ肝ぬあたら頼い所とぅなとおたるむぬ=沖縄人の心の大切な拠り所だっただけに、
いっぺえ、口惜しゃ残念やん=大変、残念だ。
写真ぬ左むてぃいや百浦添、うぬ此処側んかい在しえ北ぬ御殿=写真の左側は正殿、そのこちら側にあるのが北殿。
一けん、失いねえ、再建すしえ=一度、消失すれば、再建するのは、
銭ぬ事お側成ちん、時間や費すん=金のことをはさておいても、時間を要する。
なあ同ぬ景色ん見だらんないがやあんでぃ思いねえ=もう同じ景色が見られないのかと思うと、
肝暮りゆい、寂しさんあん=気も滅入るし、寂しい
何が何んでぃち、あんけえなたがんでぃち=なぜこうなってしまったのかと、
ちゃんちゃんさんてえまん=悔しがっても、
なんくる元んかい戻ゆるむのおあらん=もはや、ひとりでに元に戻るものでもない。
首里城ぬ焼きたしえ、今ぬまあどぅし、四けんなゆん=首里城が焼けたのは今回で四度目になる。
やしが、昔ん人お御城お強いてぃん=だが、昔の人は、首里城は絶対に、
無えらんでえならんむんとぅし、考えやあに=なくてはならないものだと考え、
うぬ毎、必じ、再建し来ゃん=その都度、絶対に再建してきた。
うんな肝んちょうんあれえ、必じ再建なゆん=このような根性れば、必ず再建できる。
ギャラリー
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