イメージ 1

 写真(しゃしん)からあ新物(みいむん)ねえそおしが、造(つく)い直(のお)ちぇえるむぬどぅやる。
 浦添城(うらしいぐしく)や為朝(たみとぅむぬ)伝説(ちてえばなし)、引提(ふぃっさ)ぎとおる舜天世(ゆう)からぬむんでぃ伝(ちて)えらっとおしが、伝え話くるが切(ち)り端(ふぁ)ん無(ね)えんむんやくとぅ、実(じゅん)にがやら分からん。
 あまみちゅうぬ子孫(しすん)なやあに王統(おうとう)ぬ初(はじ)まいんでぃ言らっとおる天孫子んまあんかいが居(をぅ)たらあしかっとお分(わ)かてえ居らん。
 やしが、くまんかい英祖(いいす)王が居たんでぃぬ話や色(いる)んな系図(ちいじ)そうなむんから、実にやいぎさい、琉球(るうちゅう)ぬ国(くに)とぅしちぬ創(はじ)まいやくまからがやたら。
 地名(ぢいなあ)ぬ「うらしい」ん「うらうすい」、言(い)いどぅんせえ、「うら」あ「国」、「うすい」や「覆い」ぬ積合(っちむええ)やん。
 「国うすゆん」んでえ、「国覆いたっくゎあち、かきゆん」でぃぬ積合んかいなゆん。
 実に「うららしい」んでえ国ぬ中心(なかじん)又(また)王都(ゑえぐに)んかい相応(ふさ)とおる名(なあ)やあらに。

【語句】
写真からあ新物ねえそおしが、造い直ちぇえるむぬどぅやる=写真からはきれいに見えるが復元したものである。
浦添城や為朝伝説、引提ぎとおる舜天世からぬ=浦添城は為朝伝説を伴う舜天時代からの
むんでぃ伝えらっとおしが、伝え話くるが=ものだと伝えられているが、伝説自体が
切り端ん無えんむんやくとぅ、実にがやら分からん=あいまいなので事実からどうか知らない。
あまみちゅうぬ子孫なやあに王統ぬ初まいんでぃ=アマミキヨの子孫とされ、王統の初まりと
言らっとおる天孫子んまあんかいが居たらあ=言われている天孫子(王統)もどこにいたのか、
しかっとお分かてえ居らん=ちゃんとしたことは分かっていない。
やしが、くまんかい英祖王が居たんでぃぬ話や=だが、ここに英祖王がいたという話は、
色んな系図そうなむんから、実にやいぎさい=さまざまな系図の類からして、事実っぽいし、
琉球ぬ国とぅしちぬ創まいやくまからがやたら=琉球が(組織だった)国としての創まりはここだったろうか。
地名ぬ「うらしい」ん「うらうすい」=地名の「うらしい」も「うらうすい」
言いどぅんせえ、「うら」あ「国」=つまり、「うら」は「国」、
「うすい」や「覆い」ぬ積合やん=「うすい」は「覆い」の意味である。
「国うすゆん」んでえ=「国を覆う」ということは、
「国覆いたっくゎあち、かきゆん」=「全土を覆い尽く(カバー)して支配する」
でぃぬ積合んかいなゆん=との意味になる。
実に「うららしい」んでぃぬ地名や国ぬ中心=実に「うらしい」という地名は国の中心、
又王都んかい相応とおる名やあらに=そして、王都に相応しい地名ではないのか。

注:「浦添」の「しい」は「襲う」の名詞形とする説や「しい」は「しゅい」で「按司しゅい」=「按司様」のように敬称を表す語とする説などの説があります。