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 赤瓦家(あかがあら)がる沖縄(うちなあ)ぬ古家(ふるやあ)らあさるんでぃ思(うむ)とおる人(ちゅ)おまんどおん。
 んちゃ、しょうらあさ残(ぬく)っさとおる茅家(がややあ)や、いいくる無(ね)えらんなてぃどぅ居(をぅ)くとぅ、あんし思(うま)あってぃん、仕方(しかた)あ無(ね)えらん。
 やしが、実(じゅん)にぬ昔(んかし)ぬ古家(ふるやあ)んでえ茅家(がややあ)どぅやたる。
 くま西表(いりうむてぃ)祖納(そね)んかいや、昔茅家(んかいがややあ)ぬ残(ぬく)さっとおん。
 石階(いしきざい)上(ぬぶ)てぃぬ門口(じょうぐち)んかいや主(ぬうし)ぬ名(なあ)ぬ書(か)かっとおる札(ふだ)ぬ立(た)てぃらっとおん。
 庭(なあ)んかい入(い)っち、家(やあ)ぬ中(なか)、伸(ぬ)ばがてぃ見(に)いねえ、一番座(いちばんざあ)、二番座(にばんざあ)、下(しむ)また庫下(くちゃ)んあん。
 垂木(きち)んいい木(ち)んちゃんとぅそおん。
 家ぬ後(くさあ)んかい回(みぐ)いねえ、豚(うゎあ)ぬ不動(ふる)迄(までぃ)備(すな)わとおん。
 またくりかあぬ石垣(いしがち)ぬ石(いし)え、竹富(だきどぅん)島、石垣(いしがち)島、本島(うちなあ、じじうち)ぬうりとぅん、変(か)わてぃ、海石(うみいし)がやら、いっそうから平石(ふぃらいし)どぅやる。
 実(じゅん)に、かあま昔(んかし)んかい移帰(うてぃけえ)たる心地(くくち)。

【語句】
赤瓦家がる沖縄ぬ古家らあさるんでぃ=赤瓦の家こそ沖縄の古民家だと
思とおる人おまんどおん=思っている人が多い
んちゃ、しょうらあさ残っさとおる茅家や=なるほど、まともに残されている茅葺家は
いいくる無えらんなてぃどぅ居くとぅ=殆ど、消えてしまっているので、
あんし思あってぃん、仕方あ無えらん=そう思われても、仕方あるまい。
やしが、実にぬ昔ぬ古家んでえ茅家どぅやたる=だが、本当の古民家といえば、茅葺家なのである。註:赤瓦家は廃藩置県(明治初期)迄は、士族しか許されなかったが、外国人が行き交う那覇では例外的に士族以外にも許された。その他の地域では茅葺が主流だった。
くま西表祖納んかいや、昔茅家ぬ残さっとおん=ここ西表祖納には茅葺の古民家が残されている。
石階上てぃぬ門口んかいや主ぬ名ぬ=石垣の階段を上った門口にはも持ち主の名前が
書かっとおる札ぬ立てぃらっとおん=記された札が立てられている。
庭んかい入っち、家ぬ中、伸ばがてぃ見いねえ=庭に入り、家の中を覗くと、
一番座、二番座、下また庫下んあん=一番座(客間)、二番座(仏間)、台所そして裏座もある。
垂木んいい木んちゃんとぅそおん=(屋根を支える)垂木も桟もちゃんとしている。
家ぬ後んかい回いねえ、豚ぬ不動迄備わとおん=家の後方に回ると、豚小屋も備わっている。
またくりかあぬ石垣ぬ石え、竹富島、石垣島、本島ぬ=またこの地域の石垣の石は竹富島、石垣島、本島の
うりとぅん、変わてぃ、海石がやら=それとも異なり、海石なのか、
いっそうから平石どぅやる=片っ端から、平たい石である。
実に、かあま昔んかい移帰たる心地=本当に遥か昔にタイムスリップした気分だ。