2010年03月

浜比嘉島ぬアマジン(うるま市)

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 浜比嘉島(ばまひじゃじま)ぬ北東んかいたっくぁとおるアマジンでぃゆる岩島(しいじま)。琉球開闢(るうちゅうくぁいびゃく)ぬ祖(す)んで言ゃっとおるアマミチュウ(アマミ人)ぬ墓んでぃさっとおる洞穴(がま)ぬあん。近くんかいやシルミチュウぬ御嶽(うたき)んあん。二人(たい)や男(ゐぎが)とぅ女(ゐなぐ)ぬニ神(にしん)んでぃさっとおしが、実(じゅん)ねえアマミや古代水軍海人部族(くでえあまびしいぐん)ぬ事(くと)おあらに。あんしシルミチュウ(白っちゅ)んでえ、先住民(しんじゅうみん)がやたら、あらんでえアマミチュウぬ別称(びっしゅう)がやら。「おもろさうし」んでえぬ詩歌うとおてえ、対句形式(ちいくきいしち)ぬあしが、対句ぬばあや、いいくる別称とぅすぬ事ぬまんどおん。(例:「うりじん」ぬ対句「若夏」)。うぬ島ぬ後(くさあ)んかい、基地ぬ縮小(しゅくしょう)整理(しいり)とお全(まった)ち、逆(さか)やる普天間基地(ふてぃんまちち)ぬ移設先(いしちさち)とぅし大(ま)ぎ基地造(ちゅく)らんでぃそおん。モズク生産日本一(しいさんにふんいち)ぬちゅら海ぬ汚(ゆぐ)さらんでぃそおん。

【日本語意訳】
 浜比嘉島の北東にあるアマジン。琉球開闢の祖といわれるアマミチュウ(、アマミキヨ、アマミ人)の墓とされる洞穴がある。近くにシルミチュウ(シネリキヨ、白い人)の祠もある。「二人」は「男女ニ神」と言われるが、シルミチュウは先住民かアマミチュウの別称(詩歌では対句形式)ではないのか。「おもろさうし」はじめ古謡などにおいては、よく対句形式が見られるが、対句は概ね、互いに別称である事が多い。(例:「うりじん」と「若夏」)。アマミチュウは古代海人部水軍族(アマベ)の事で、何らかの都合でその昔琉球まで流れ着いた部族の事ではなかろうか。普天間の移設案として、基地の縮小整理の方向とは全く逆に、巨大基地の建設が構想されている。モズク生産日本一の美しい海が汚されようとしている。

【語句】
浜比嘉島(ばまひじゃ)=うるま市勝連沖にある。島のエイサーは屋慶名エイサーの元祖となった。
たっくぁとおる=くっついている。終止形は「たっくぁゆん、たっくぁっゆん」。「た」は接頭語で、「くぁゆん」は「付く」の意味。「たっくぁあすん」(「くっ付ける」)はその他動詞。
アマミチュウ=文語は「アマミキヨ」。「キヨ」は口語音では「ちゅ」であり、「人」という意味。したがって、特定の個人の名前ではなく、民族や部族を指すと考えられるがどうであろうか。浜比嘉には口「アマミキヨ伝説」が口語で伝わっている。
シルミチュウ=文語では「シネリキヨ」。同じく「キヨ」は「人」。
言ゃっとおる=言われている。
墓んでぃ さっとおる=墓と されている。
洞穴ぬ あん=洞穴が ある。
近く んかい や=近く に は。「近さんかいや」でも良い。
ニ神んでぃ さっとしが=二神だと されているが。
実ねえ=ほんとうは。
海人部水軍=沿岸部に居住してた部族で、古代には水軍としても活躍した。海人部、津守、安曇などの部族がいた。
先住民がやたら=先住民だったのか。
あらんでえ=そうでなければ。
別称がやら=別称なのか。
うぬ島ぬ くさあ んかい=その島の 後ろ側 に。
まぎ基地造らんでぃそおん=大きな基地を造ろうとしている。
汚さらんでぃ そおん=よごされようと している。

南山城址(糸満)

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 糸満市高嶺(いとぅまんしたかんみ)んかいや琉球(るうちゅう)三山(三国)ぬ一(てぃい)ちやたるた南山(山南)ぬあたん。うぬ王統ぬ承察度ぬ世(ゆう)んじ、むっとぅん栄(さけ)えとおたんでぃ言ゃっとしが、他魯毎(たるみい)ぬ世なてぃから中山(首里)なかい滅(ふる)ぶさったん。明(中国)ぬんかい朝貢船出(ちんくんしんん)じゃちょおたるあたいやくとぅ、城(ぐしく)ん大(ま)さたる筈(はじ)やしが、今残(なまぬく)とおる城お本殿(うどぅん)ぬあたる所(とぅくま)びけんがやらんでぃ思(うま)ありいるあたい、ぐなさんあい、平地(とおばる)んかいどぅある。本当(ふんとう)や下(しちゃ)ぬ嘉手志泉(かでぃしがあ)まんぐら迄(まで)え外壁ぬあたんでぃ考えいねえ、くうてんや高台(たかどぅくる)んかいあぬ大ぎ城あらんたがやあんでぃち思ありいしが、ちゃぬ風儀(ふうじい)がやいびいら。

【日本語意訳】糸満市高嶺には琉球三山の一つであった南山城址がある。承察度王時代に栄え、他魯毎時代に中山に滅ぼされた。残っている部分は本殿跡ぐらいじゃないかと思われるほど小さく、しかも一見「平地」にあって城らしくない。下の嘉手志川付近まで外壁あったとすれば、少しは高台にある大きな城だったかもしれないと想像できるのだか…。

【語句】
高嶺んかいや=高嶺には。
一ちやたる南山 ぬ あたん=一つだった南山 が あった。
うぬ王統=その王統。
世んじ=時代に。
むっとぅん=最も。
栄えとおたんでぃ言ゃっとおしが=栄えていたと言われているが。
中山なかい 滅ぼさったん=中山に 滅ぼされた。
明ぬんかい=明に。「明(みん)」の語尾が「ん」であるあため、「んかい」は「ぬんかい」となる。
出じゃちょおる あたい やたくとぅ=出していた ほど だから。
城ん 大ぎさたる筈 やしが=城も 大きかった 筈 だが。
今残とおる城お=今残っている部分は。
本殿ぬあたる所びけんが やら んでぃ=本殿のあった所だけ なのか と。
思ありいる あたい=思われるほど。
ぐなさんあい=小さくもあり。
平地んかいどぅある=平地にこそある。「どぅ」は強調助詞。
嘉手志川まんぐら までぃ=嘉手志川 付近 迄。
あたんでぃ 考えいねえ=と考えると。
くうてんや=少しは。「くうてのお」でも良い。
大ぎ城 あらんたやがやあ んでぃち=大きい城 だったのでは と。
思ありいしが=思われるが。
ちゃぬ風儀がやいびいら=いかがだろうか。この文は慣用句として覚えたほうが良い。

白銀堂庭の一枚岩(糸満市)

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 白銀堂ぬ庭(なあ)んかんや一枚岩(いちめえしい)ぬあやい、うぬ前(めえ)んかいや石碑ぬあん。「意地(いじ)ぬ出(ん)じらあ手引(てぃいひ)き手ぬ出じらあ意地引き」でぃちぬ黄金言葉(くがにくとぅば)ぬ書かっとおん。糸満女、妻(いとぅまんゐなぐとぅじ)そおたる薩摩役人ぬ妻(とぅじ)ぬ側(すば)んかい寝(に)んとおたる男(ゐきが)、殺(くる)さんでぃさしが、良(ゆ)う確かみいねえ、妻守(とぅじまむ)ゆんでぃち男すがいそおたる妻ぬ女(ゐなく)ぬ親(をぅや)どぅやたる。「物事(むぬぐと)お良う確かみらんでえならん」でぃちぬ言ちゃる役人ぬ言葉が上(ゐ)ぬ、うぬまま、黄金言葉とぅなたるむぬやんん。アミリカやイラクぬ核開発そおんとぅか、アルカイダとぅ関係そおんとぅか叫(あ)びてぃ戦始(いくさはじ)みたん。やしが、うんあ証拠(すうく)お、むさっとぅ無(ね)えらんたん。「意地ぬ出じらあ手出じゃち、手出じゃしいねえゆくん意地ぬ出じてぃ」。軍事力びけん頼がきとおるアミリカあ実(じん)に自勝手(どぅうがってぃい)ぬ西部劇国家。外交ぬ事すそおんそおん。

 勘違えさあに人殺ちゃい、戦さいすぬ事戒みとおる黄金言葉やさ。

【日本語意訳】
直訳より「怒れりに駆られて手を出すな、手が出れば怒りを鎮めよ」とでも訳しておこう。妻に添い寝していた男を殺しかけた薩摩人の夫。良く確かめると妻を守る為に男の格好をした妻の母だった。夫は前述の言葉を吐いた。それそのまま諺になった。米国は脅威の証拠も確認しないままイラクを滅ぼした。「怒りのままに手を出し、手の出るままに怒る」。軍事力主義者は外交(相互の誤解を解く話し合いの事)を疎かにするという、良い見本だ。
  
 勘違いして人をあやめたり、戦争をしたりする愚かしさを戒めた教訓ことわざである。

【語句】
庭んかいや=庭には。
一枚岩 ぬ あやい=一枚岩 が あり。
うぬ前んかいや石碑ぬあん=その前には石碑がある。
意地ぬ出じらあ 手引き=意地(ここでは怒り)が出れば、手を引け(ここでは手を出すのを堪えよ)。
黄金言葉=ことわざ。
書かっとおん=書かれている。
妻そおたる=妻にしていた。
殺さんでぃ さしが=殺そうと したが。
守ゆんでぃち=守ると。
男すがい=男装。
親どぅやたる=親だったのである。「どぅ」は強調助詞。これを受けて、存在動詞「やたん」は「やたる」と連体形で結ぶ。
確かみらんでえ ならん でぃち 言ちゃる=確かめないといけない と 言った。
黄金言葉とぅ なたる むぬ やん=ことざわとなったものだ。
むさっとぅ無えらんたん=まったく、無かった。
ゆくん手出じゃち=よけい手を出し。
軍事力びけん 頼がきとおる=軍事力だけに依存している。
実に=ほんとうに。
外交ぬ事すそおんそおん=外交を疎かにしている。
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