2012年01月

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 くまぬ景色(ちいち)え、どぅく、あながちさぬ、写真ぬぬじゃるむぬやん。米軍基地(びいぐんちち)ぬ造(ちゅく)るらりいる前迄(めえまで)え、大概(てえげえ)、畑(はたき)ぬあれえ、やあさ死(じ)にさんてぃ済(し)むたん。
 沖縄(うちなあ)んじえ、自(どぅう)ぬ家ぐなびけん、食(か)むるうっさどぅ作(ちゅく)いむ作(じゅく)いやすたる。今(なま)あ、ううじ作(づく)いしいねえ、現金収入(ぎんちんしゅにゅう)ないくとぅ、沖縄中(うちなあまぎり)、ううじ畑(ばたき)ぶったあけえなてぃ、うりが沖縄ぬ風物詩(ふうぶちし)けえなとおしが、戦前迄(いくさめえまで)え、芋(んむ)、野菜畑(やせえばたき)ぬるまんどおたる。
 いいくる田(たあ)ん、まんでぃ、米作(くみじゅく)いん盛んやたん。現金収入や、豚小(うわぁあぐぁあ)飼(か)らてぃ、ふどぅうわち、売たい、筵編(むしる)でぃ売たいしどぅ作(ちゅく)ゆたる。
 
【語句】
くまぬ景色え=ここの景色は、
どぅく=あまりにも、
あながちさぬ=懐かしいので。「懐かしい」は「あながちさん」といいます。「なちかさん」は「悲しい」という意味です。しかし、「通い舟」(普久原朝喜作詞作曲)の民謡で、「嬉しゃ懐かしや 振別りぬ港」と、歌われているように、日本語の「懐かしい」を借用して「懐(なち)かさん」とする用例も増えています。
写真ぬぬじゃるむぬやん=写真を撮ったのである。「写真ぬじゃん」でもよいです。
米軍基地ぬ造るらりいる前迄え=米軍基地が建設される前迄は、
大概、畑んちょおんあれえ=だいたい、畑さえ、あれば。「~ちょおん」は「~さえ」。
やあさ死に=飢え死に
さんてぃん済むたん=しなくても済んだ。
沖縄んじえ=沖縄では
自ぬ家ぐなびけん=自分の家族だけ
食むるうっさどぅ=食べる分だけを。「どぅ」は前語を強調する助詞。次にくる用言は通常は連体形で結ぶ。
作いむ作いやすたる=作物は作ったのである。前の強調助詞「どぅ」を受けて連体形で結ばれいます。
今あ=今は、
ううじ作いしいねえ=サトウキビを作れば、
現金収入ないくとぅ=現金収入になるので、
沖縄中、ううじ畑ぶったあけえなてぃ=沖縄中、サトウキビ畑だらけになってしまい。「けえなてぃ」は「なってしまい」。
うりが沖縄ぬ風物詩けえなとおしが=それが沖縄の風物詩になってしまっているが、
戦前迄え=戦前迄は、
芋、野菜畑ぬるまんどおたる=芋や野菜畑などが多かったのである。「畑ぬる」は「畑こそが」。「ぬる」の「る」は強調助詞「どぅ」の清音。これを受けて、「まんどおん」は連体形「まんどおたる」になる。
いいくる田ん=たいてい、田んぼも、
まんでぃ=多く、
米作いん盛んやたん=米作りも盛んであった。
現金収入や=現金収入は、
豚小飼らてぃ=子豚を飼い、
ふどぅうわち、売たい=育てて売ったり、
筵編でぃ売たいしどぅ=筵を編んで売ったりして。「どぅ」は前述した。
作ゆたる=作ったものである。

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 斎場御嶽(せえふぁあうたき)や、中山王ぬ一番ぬ拝(うが)み所(どぅくる)なとおん。
 王家ぬ実(じゅん)にぬ拝み所お、久高島(くだかじま)どぅやしが、元々(むとぅむとぅ)、琉球神道ましせえねえらんたる向象賢(羽地朝秀)ぬ、歳費(んじるめえ)ふぃならする為(たみ)んでぃち、なじきやあに、久高島んかいぬ参拝止(や)みらち、うぬ代わい、くぬ斎場御嶽ゆ久高島んかいぬ御通(うとぅう)しとぅせえるばすやん。
 三角屋根(さんかくやに)そおる小路(すうじ)から入っちぬ左(ふぃざい)むてぃいからあ、久高島ぬ見(みい)ゆん。7年前(しちにんめえ)に行(ん)じゃるばすお、行ちゅる人ん居(をぅ)らな、しからあさる所(とぅくる)なやあに、入っちゃい出(ん)じたいすしん自由(じゆう)やたるむぬ、今(なま)あ観光客(くぁんこうちゃく)ぬまんでぃ、入場料ん払(はら)てぃる入(い)らりいる。

【語句】
斎場御嶽や=斎場御嶽は、
中山王家ぬ=中山王家ぬ。琉球は元々、南山、中山、北山に分かれていたが、中山国が統一した国であるいことから、国内的には、中山国という名称である。首里城に入る最初の門の名は中山門であった。現在復元されている守礼之門は二番目の門である。
一番ぬ拝み所なとおん=最大の拝所である。
王家ぬ実にぬ拝み所お=王家の本当の拝所は、
久高島どぅやしが=久高島なのだが、
元々、琉球神道ましせえねえらんたる=元々、琉球神道を嫌っていた
向象賢(羽地朝秀)ぬ=向象賢が
歳費ふぃならする為んでぃち=歳費を抑える為などと、
なじきやあに=理由付けをして、
久高島んかいぬ参拝止みらち=久高島への参拝を廃し、
うぬ代わい=代わりに、
くぬ斎場御嶽ゆ=この斎場御嶽を。助詞「ゆ」は口語では略される。
久高島んかいぬ御通しとぅ=久高島への遥拝所と。「御通し」は「遥拝所」。「遥拝する」を「御通しすん」または「迎(んけ)え取(とぅ)ゆん」という。ちなみに仏壇持ちである私の妻は、「ジュウルクニチイイ(旧暦一月の十六日際)」と「たなばた(旧7月7日」)には、墓から祖先を迎える行事があるが、実家の墓は遠いため、悪天候の場合や、都合のある場合は、墓のある方角に向かって、線香を点し、「迎え取やびいん」。
せえるばすやん=したわけである。「せえる」は「すん」の完了保存形。
三角屋根そおる小路から=三角屋根をしている小路から
入っちぬ左むてぃいからあ=入っての左側からは、
確かに久高島ぬ見ゆん=確かに久高島がみえる。
7年前に行じゃるばすお=7年前に行ったときは、
行ちゅる人ん居らな=訪れる人もおらず、
しからあさる所なやあに=寂しい所となっていて、
入っちゃい出じたいすしん=出入りするのも
自由やたるむぬ=自由だったのに、
今あ観光客ぬまんでぃ=観光客が多く、
入場料ん払てぃる入らりいる=入場料を払わないと入れない。「払てぃる」の「る」は強調助詞「どぅ」の清音。これを受けて、後続の「入らりいん」は連体形「入らりいる」で結ぶ。こういう文の場合は、「払ってこそ入るのである」と訳するより、「払わないと入れない」と訳した方がよいのである。

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