2012年04月

イメージ 1

 ♪山(やま)ぬ端(ふぁ)に立ちゅる煙(ちむり)照(てぃ)らし火(び)ぬ煙(ちむり) かりゆしぬ船(ふに)に産子(なしぐぁ)見(み)あて♪んでえ、知名定繁作ぬ民謡「別れの煙」ぬ歌詞やん。
 ヤマトゥんかい行(い)ちゅる産子ぬ見送(みいうく)いしいが、那覇迄(なふぁまでぃ)行ちゆさんたる親(をぅや)兄弟(ちょうでえ)達(ちゃあ)や、名護城(なんぐしく)跡ぬ傍(かたは)ら(写真)んじ、木(きい)ぬ枝葉燃(ゆだふぁめ)えち、白煙立(しるきぶし)てぃてぃ、船送(ふなうく)いぬ合図(いぇえじ)とぅさんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 子乗(くぁぬ)しとおる船(ふに)え、黒煙出(くるきぶしん)じゃち、いれえたんでぃぬ事。歌詞ぬ「山ぬ端」んでえ、くまぬ事。今(なま)あ、飛行機世(ゆう)けえなてぃ、白煙黒煙、見(ん)ち涙落(なだう)とぅする習(なりい)や無(ね)えらん。

【語句】
山ぬ端に=山のかたわら。「やま」には本来「野蛮」、「野生」等の意味もあるが、日本語と同じ意味ににも使われる。「山当(営林担当役人)」、「山奉行」、「山歩っちゃあ」等。
立ちゅる煙=立つ煙。「煙」は「きぶし」であるが、この歌詞では「きむり」と日本語風に読ませている。
照らし火ぬ煙=照らす火の煙(は)
かりゆしぬ船に産子見あて=目出度い(縁起の良い)船に(乗る)わが子に向かって(目標に)。「見あて」は、表記の影響なのか「みあてぃ」の発音もあるが多くは、「みやてぃ」と発音する。
でえ知名定繁の民謡「別れの煙」の歌詞やん=は知名定繁の民謡「別れの煙」の歌詞である。「んでえ」は「でえ」でもよいが、私は前者を多く使う。
ヤマトゥんかい行ちゅる産子ぬ=本土に行くわが子の

送いさく」しいが=見送りしに 「送いさく」は「見送り」。
那覇迄行ちゆさんたる=那覇まで行けなかった
親兄弟ん達や=親兄弟たちは、
名護城跡ぬ傍はらんじ=名護城跡の傍らで
木ぬ枝葉燃えち=木の枝葉を燃やして、
白煙立てぃてぃ=白い煙を立てて
船送いぬ合図とぅさんでぃぬ事やん=船送りの合図としたとのことである。
子乗しとおる船え=子を乗せた船は
黒煙出じゃち=黒い煙をたてて
いれえたんでぃぬ事=応じたとの事だ。前述の歌詞に続く歌詞は次の通り。「糸ぬ上ゆ走ゆる船に立つ煙 山ぬ端に向かて我親見あて」(糸の上を走る船に立つ煙は山の端に向かいわが親宛てに=意訳:白い糸のよう線を曳いて走る船に立つ煙(黒い煙)は、(白い煙を立てている)山の端に向かい、わが親に対して応えている)。
歌詞ぬ「山ぬ端」んでえ=歌詞の「山ぬ端」とは、
くまぬ事=ここのこと。
今あ=今は
飛行機世けえなてぃ=航空時代になってしまい。「けえ」は「~しまう」の意味の副詞。
白煙黒煙、見ち涙落とぅする=白煙黒煙を見て涙を流す
習や無えらん=習慣はない。

イメージ 1

 ♪恩納岳(うんなだき)あがた里(さとぅ)が生(ん)まりじま、森(むい)ん押(う)し退(ぬ)きてぃくがたなさな♪
 金武(ち)ぬんかい居(をぅ)たる思里(うみさとぅ)、松金(まちがに)ぬ事思(くとぅうむ)てぃ詠(ゆ)だる>恩納ナビイぬ琉歌(るうか)なとおん。
 松金が恩納間切(うんなまじり)んかい掟(うっち)とぅしち、赴任し来(ち)ゃる父親(をぅや)なかい連(そ)うらってぃ来ゃるばす、平民(ふぃいみん)ぬナビイとぅ恋仲(くいなか)とぅなたん。
 やしが、金松や金武間切ん人(ちゅ)。思(うみ)いが如(ぐとぅ)、行逢(いちゃ)ゆる事(くとぅ)んならんたん。
 誰(たあ)がやれえ、思里(うみさとぅ)とぅ行逢ゆんでぃち、森迄(むいまでぃ)押し退きらんでぃ考(かんげ)えゆが。ナビイや、うすまさ肝変(ちむが)わい者(むん)やたる筈(はじ)。やしが、うんにいぬ恋や、如何(ちゃあ)んならん不自由(ふじゆう)なむんやたる事表(くとぅあら)わちょおんでぃちん考えらりいん。
 恩納岳ぬ周(まあ)いや、米軍(びいぐん)ぬ訓練場なてぃ、今(なま)ぬ世(ゆう)ん、あがたんかい行ちゅる事(くと)おならん。やくとぅ、詠でぃなあびら。

恩納岳あがた、里が生まりじま、米軍押し退きてぃ、通てぃなあびら。

【語句】
恩納岳あがた=恩納岳(恩納村)の向こう。「あがた」は「彼方」。ここでは「向こう」と訳した。
里が生まりじま=男の恋人(彼氏)の生まれ故郷。「里」は「男の恋人」。「しま」は、日本語の「島」の意味もあるが。故郷の意味。「しまくとぅば」は「ふるさとことば」。
森ん押し退きてぃ=森(恩納岳)も押し退けて、
くがたなさな=こちらになそうか。ここに引き寄せようか。「な」は意志、決意、勧誘などを表わす助詞。「取らな」、「行かな」はそれぞれ「取ろう」、「行こう」。
金武ぬんかい居たる思里=金武に住んでいた恋人(彼)、
松金ぬ事思てぃ=松金の事を偲んで
詠だる恩納ナビイぬ琉歌なとおん=詠んだ恩納ナビイの琉歌である。「琉歌なとおん(琉歌になっている)」は文章語では「琉歌やん(琉歌である)」でもよいが、口語では慣用的に前者の用例が多い。「恩納ナビイ」は「恩納間切のナビイ」という意味で、「恩納」は性ではない。「牧志朝忠」も本名は板良敷朝忠で、「牧志」は彼の領地(税収地)であった那覇市牧志のこと。
松金が恩納間切んかい掟とぅしち=松金が恩納村の区長として。「掟」今の字、区を表わす行政用語で、一般の人々は「シマ」という。
赴任し来ゃる父親なかい=赴任してきた父に
連うらってぃ来ゃるばす=連れてこられたとき
平民ぬナビイとぅ恋仲とぅなたん=平民のナビイと恋仲になった。
やしが、金松や金武間切ん人=だが、金松は金武村の人間。「間切」は今の市町村に当たる。
思いが如=思うように、
行逢ゆる事んならんたん=逢うことはできなかった。
誰がやれえ=誰が。誰がなら、
思里とぅ行逢ゆんでぃち=愛しい彼氏と逢うために、
森迄押し退きらんでぃ=森までも押し退けようと、
考えゆが=発想するのか。
ナビイや、うすまさ肝変わい者やたる筈=ナビイは、とても変わり者だったかもしれない。「肝変わいむん」は良い意味で使われる。
やしが、うんにいぬ恋や=だが、当時の恋は、
如何んならん不自由なむん=どうしようもなく不自由なもの
やたる事表わちょおんでぃちん=だった事を表わしているとも
考えらりいん=考えられる。
恩納岳ぬ周いや=恩納岳の周辺は
米軍ぬ訓練場なてぃ=米軍の訓練場なので、
今ぬ世ん=現代も
あがたんかい行ちゅる事おならん=向こう側に行くことはできない。
やくとぅ、詠でぃなあびら=なので、歌を一句歌う。
恩納岳あがた、里が生まりじま=恩納岳の向こう、君が生まれ故郷
米軍押し退きてぃ、通てぃなあびら=米軍を押し退けて、通って、みようではないか。

↑このページのトップヘ