2012年10月

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 人頭税世(じんとうじいゆう)ぬ18世紀、黒島(ふしま)ぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)や二(たあ)ちんかい分きらりやい、半数(はんすう)や石垣島(いしがちじま)ぬ野底(ぬすく)んかい押(う)し押しに移(うちゅ)さったん。
 移さったる人ん達ぬ中(なあか)んかい、マーペーんでぃゆる女童(みやらび)ぬ居(をぅ)たん。
 マーペーや毎日(めえなち)、黒島んかい残(ぬく)さったる思里(うみさとぅ)ぬカナムイぬ事思(くとぅうむ)てぃ、肝(ちむ)ん取(とぅ)やあさらんたん。
 ある日(ふぃい)、マーペーや森(むい)んかい登(ぬぶ)てぃ、黒島見(ん)ち、あながちさしいがちいなあ、石(いし)んかいけえなたんでぃぬ事(くとぅ)。
 うぬ森が写真ぬ左(ふぃざい)んかいある野底岳(ぬすくだき)なとおん。地元んじえ、何時(いち)ぬ間(みい)がやら、野底マーペーんでぃ言(ゆ)んねえしなたん。
 「つぃんだら節」と「久場山路節」んかいやうぬばすぬ哀りぬ歌あらっとおん。

【語句】
人頭税世ぬ18世紀=時代の18世紀。は「あたまわい」ともいう。
黒島ぬ人ん達や二ちんかい分きらりやい=黒島の人々は二つに分けられ、
半数や石垣島ぬ野底んかい=半数は石垣島の野底に
押し押しに移さったん=強制移住させられた。
移さったる人ん達ぬ中んかい=移住させられた人々の中に
マーペーんでぃゆる女童ぬ居たん=マーペーという女の子がいた。
マーペーや毎日=マーペーは毎日、
黒島んかい残さったる思里ぬカナムイぬ事=黒島に残された恋人カナムイの事を
思てぃ、肝ん取やあさらんたん=思い、なぐさめようもなかった。
ある日、マーペーや森んかい登てぃ=ある日、マーペーは森へ登り
黒島見ち、あながちさしいがちいなあ=黒島を眺めて、懐かしがりながら、
石んかいけえなたんでぃぬ事=石になってしまったとの事だ。
うぬ森が写真ぬ左んかいある野底岳なとおん=その森が写真の左にある野底岳である。
地元んじえ、何時ぬ間がやら=地元ではいつしか、
野底マーペーんでぃんねえしなたん=野底マーペーと呼ぶようになった。
「つぃんだら節」と「久場山路節」んかいや=「つぃんだら節」(現地黒島では「ちんだら節」)と「久場山越路節」には
うぬばすぬ哀りぬ歌あらっとおん。=そのときの、哀れが歌われている。

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 昔(んかし)ぬ八重山蔵元(いぇえまくらむとぅ)ぬあたる所(とうくま)ぬ直(し)ぐ側(すば)んかいある浜(はま)なとおん。
 蔵元お八重山ぬなあ島々(しまじま)から集(あち)みらったる上納物置(じょうのうう)ちょおちゅる倉庫んやたくとぅる海端(うみばた)んかいあたら。
 今(なま)あ、港(んなと)お、近くぬ別(びち)ぬ浜んかい移(うちゅ)とおん。
 昔(んかし)ん人(ちゅ)お、あんしちゅら島(じま)んかい住(す)でぃ、良(いい)い塩梅(やんんべえ)やたる筈(はじ)んでぃ考(かんげ)えゆしえ、当たてえ居(をぅ)らん。
 うんにいや人頭税世(ゆう)。人ぬ住どおたる竹富(だきどぅん)、黒島(くるしま)、波照間(はてぃるま)んでえや、ヤキイ蚊(がじゃん)ぬ居らんたる代わい、珊瑚(さんぐ)ぬ島なやあい、作物(ちゅくい)む作いや、思(うみい)が如(ぐと)お、ならな、諸哀(むるあわ)りどぅそおたる。やくとぅ、歌謡(うた)ぬ囃子(ふぇえし)とぅしち、「ユバナウレ(世ば稔れ)」が多(うふ)く、使(ちか)あらとおん。

【語句】
昔ぬ八重山蔵元ぬあたる所ぬ=昔の八重山の蔵元のあったところの、
直ぐ側んかいある浜なとおん=直ぐ近くにある浜である。
蔵元お八重山ぬなあ島々から=蔵元は、八重山の各島々から
集みらったる上納品置ちょおちゅる=集められた上納物を保管しておく
倉庫んやたくとぅる=倉庫でもあったからこそ、
海端んかいあたら=海岸沿いにあったのであろうか。
今あ、港お、近くぬ別ぬ浜んかい移とおん=今は港は近くの別の浜に移った。
昔ん人お、あんしちゅら島んかい住でぃ=昔の人は、こんなにきれいな島に住んで、
良い塩梅やたる筈んでぃ=良い塩梅だったのではと、
考えゆしえ、当たてえ居らん=考えるのは間違いである。
うんにいや人頭税世=当時は人頭税時代。
人ぬ住どおたる竹富、黒島、波照間んでえや=人の住んでいた竹富、黒島、波照間などは、
ヤキイ蚊ぬ居らんたる代わい=マラリア蚊がいなかった代わりに、
珊瑚ぬ島やたくとぅ、作物む作いや=珊瑚の島だったことから、作物は、
思が如お、ならな=思いようには稔らず、
諸哀りどぅそおたる=みんな、苦悩していたのである。
やくとぅ、歌謡ぬ囃子とぅしち=だから、歌謡の囃子として、
「ユバナウレ(世ば稔れ)」が多く使あらっとおん=「ユバナウレ(世を豊かにしてください)」が多く使用されている。

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