2013年04月

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 「安里屋(あさどぅや)ユンタ」あ日本(にふん)まじりんじとぅゆまっとおる民謡(ふぁうた)やしが、うぬ歌詞え、元歌(むとぅうた)とぅなとおる八重山(いぇえま)民謡「安里屋ゆんた」とお節(ふし)びけんどぅ同(い)ぬむんやるうぬ歌詞え全(まった)ち別(びち)なとおん。
 またうぬ節歌(ふしうた)とぅなとおる「安里屋節」んあしが、歌詞え同(い)ぬむんやん。じるん、昔(んかし)、竹富(だきどぅん)島んかい居(をぅ)たるクヤマんでぃゆる女(ゐなぐ、いぃなぐ)ぬ事(くとぅ)ゆ歌とおる歌やん。
 写真やクヤマが生(ん)まりたんでぃる言(い)ゃっとおる家(やあ)やん。彼女(うり)がとぅゆまったる訳(わき)え、「あんちゅらさ生りばし」ぬクヤマが目差(みざ)し主(すう)ぬぬ求(く)うゆし、はにてぃ、「島ぬ夫持(ぶとぅむ)ちゃばる」故(ゆい)やん。


【語句】
「安里屋ユンタ」あ日本まじりんじ=「安里屋ユンタ」は日本中で  「まじり」は「間切」で境界のことであるが、転じて、「市町村」や「全体」を表わす。
とぅゆまっとおる民謡やしが=広く知られた民謡であるが、 「とぅゆむん、とぅゆぬん(首里語)」は「音に聞こえる」「名高い」等の意味であるが、ここでは「広く知られた」と訳した。
うぬ歌詞え=その歌詞は、
元歌とぅなとおる=元歌である
八重山民謡「安里屋ゆんた」とお=八重山民謡「安里屋ゆんた」とは、
節びけんどぅ同ぬむんやる=曲だけが同じであって、「どぅ同ぬむんやる」は「だけが~なのであって」と意訳した。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言は通常は連体形(此処では『やん』『やる』に)で結ぶ。
うぬ歌詞え全ち別なとおん=その歌詞は全く別である。「別なとおん」は「別やん」ともいう。
またうぬ節歌とぅなとおる「安里屋節」んあしが=また、その節歌(古典古謡)となっている「安里屋節」もあるが、
歌詞え同ぬむんやん=歌詞は同じである。
じるん、昔、竹富島んかい居たる=いずれも、昔、竹富島に居た
クヤマんでぃゆる女ぬ事ゆ歌とおる歌やん=クヤマという女性の事を歌った歌である。
写真やクヤマが生まりたんでぃ言ゃっとおる家やん=写真はクヤマが生れたとされている家である。
彼女がとぅゆまったる訳え=彼女が有名になった理由は
「あんちゅらさ生りばし」ぬクヤマが=「とても美しくうまれた」クヤマが、  「あんちゅらさ生りまばし」は八重山語で歌詞のある句。
目差主ぬぬ求うゆし=区長(地域の長、派遣役人)の求婚(あるいは現地妻となることを)を  「求うゆし」は、その意味から筆者の当て字なので要注意。「請う、乞う」などが適切かもしれません。
はにてぃ=拒み  「撥ねる」の意味。
「島ぬ夫持ちゃばる」故やん=島(地元竹富島)の男と結婚したからである(意訳)。直訳は「島の夫を持った」。「島ぬ夫持ちゃばる」は歌詞のある句で八重山語。

 当時は、赴任役人の現地妻になったりすれば、生涯免税となり、子は役人になれる保証があったため、殆どの女性は役人の現地妻になることを望んだ。それは、彼女の一族の誉れともなった。こうした島の風潮(シキタリ、習慣)を拒否し、好きな男との結婚を選んだことは、今日風でいえば、アンビリーバブルであった。彼女の感覚は革命的であり、八重山のみならず、琉球全体を愕かせたのである。

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 今帰仁城址(なちじんぐしくあとぅ)んかい通(とぅう)とおる昔道(んかしみち)え写真ぬハンタ道やたん。
 今帰仁城ぬばんじ栄(さけ)えとおたるばすお、道ぬ両方(ろうほう)や並松(なんまち)なとおんたんでぃぬ事(くとぅ)。今(なま)あ見(ん)ちぬ通(とぅう)い、雑木(やなきい)ぬ根(にい)ぐいなかい道ぬ石あるあるっさ、突(ち)ち上(ゃ)ぎらったい、うっちぇえたいし、壊(く)うさっとおん。
 さくふぃらどぅやくとぅ、人(ちゅ)が通ゆしん難儀(なんじ)やたる筈(はじ)。
 城んかい荷(にい)かあする道え、別(びち)に馬車道ぬあしが、細道どぅなとおくとぅ、人ぬ歩っちいねえ邪魔(じゃま)やたる筈。
 ちくじく、昔(んかし)ん人お、実(じゅん)にくめえきやあやたる筈(はじ)んでぃ思(うみ)ゆん。今(なま)ぬ人(ちゅ)お、昔ぬ事お、都合(ちごう)ぬ良(ゆ)たさるむんびけえどぅ保存そおくとぅ、昔ぬ文化ぬ間切(まじり)知る事(くと)お、よねえあらん。

【語句】
今帰仁城址んかい通とおる昔道え=今帰仁城址に通じていた昔道は、
写真ぬハンタ道やたん=写真のハンタ道であった。 「ハンタ」は「崖、崖っぷち」等の意味。「はんたさん、はんたしゃん」(あぶっなかしい、あやうい)は派生語。ハンタ道はいかにも「はんたさん」。
今帰仁城ぬばんじ栄えとおたるばすお=今帰仁城が隆盛を極めていたころは、
道ぬ両方や並松なとおんたんでぃぬ事=道の両側は松並木になっていたとのこと。
今あ見ちぬ通い=今はご覧の通り、
雑木ぬ根ぐいなかい=雑木の根っこによって、
道ぬ石ぬあるっさ=道の石がことごとく、  「あるっさ」は「あるもの全部、ごとごとく」の意味。
突ち上ぎらったい、うっちぇえたいし=突き上げられたり、ひっくり返されたりして、 「うっちぇえゆん」で「ひっくりかえる、裏返しになる」などの意は。
壊うさっとおん=壊されている。
さくふぃらどぅやくとぅ=急な坂道なのであるから、  「さくふぃら、さくひら」は「急な坂道」の意味で文語。口語では「さかないなとおる道(急になっている坂)」。「どぅ」は前語を強調を表わす助詞。通常これを受ける用言は連体形で結ぶが、ここではこの用言に接続助詞が続くのでその助詞に続く形が優先される。
人が通ゆしん難儀やたる筈=人が通るのも難儀だっただろう。
城んかい荷かあする道え=城に物資を運ぶ道は、
別に馬車道ぬあしが=別に馬者道があるが、
細道どぅやくとぅ=細い道になっているので、「どぅ」について既述。
人ぬ歩っちいねえ=人があるけば、
邪魔やたる筈=じゃまだったのだろう。
ちくじく、昔ん人お=つくづく、昔の人は、
実に、くめえきやあやたる筈んでぃ思ゆん=ほんとうに、こまめなだったろうと思う。「くめえきゆん」は「細かいことに気を配る」、転じて「節約、倹約する」などの意味がある。
今ぬ人お、昔ぬ事お=現代人は昔の事は
都合ぬ良たさるむんびけえどぅ保存そおくとぅ=都合の良いものだけを保存しているから、
昔ぬ文化ぬ間切知る事お=昔の文化全般を知ることは、  「間切」は今の市町村の意味になっているが、元々は「間(地域)と間の区切り」という意味で、転じて「全体」「ぜんぶ」、「市町村」などの意味となった。
よねえあらん=容易ではない。

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