2013年05月

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 茅崖涯(かやふちばんた)からぬ眺(なが)みなとおん。
 くまんかい初(はじ)みてぃ、来(ち)ゃしえ、中学生(ちゅうぐぁしい)ぬ修学旅行ぬばすやたしが、景色(ちいち)え、何(ぬう)がやら、あぬばすぬ覚(うび)いとお違(ちが)てぃ見(み)いゆん。
 写真ぬ左(ふぃざい)むてぃいや宜名真(じなま)漁港(なとぅ)なとおん。海(うみ)え、東シナ海やん。うっさ山ぬ連(ちる)がとおれえ、んちゃ、道え、いいくる海端(うみばた)んかい造(ちゅく)ゆしがるどぅう易(やし)しむんやら筈(はじ)。あんやくとぅる「山原(やんばる)ぬ旅や海とぅ山ばかい」んでぃ言(い)ゃっとおがやあ。
 早(ふぇえ)くお、辺戸岬(ふぃどぅみさち)んかいん、くまぬハンタ道、通(とぅう)てぃる行(い)ちゅたるしが、とうく代(でえ)や、立派な道ぬ別(びち)にけえ造らってぃ、とぅぬうまぬうすん。

【語句】
茅崖涯からぬ眺みなとおん=茅涯涯からの眺めである。「バンタ」は「涯」「淵」等を表わす「ハンタ」の濁音。「はんたしゃん、はんたさん(危なかしい、危うい)」、「はんたぐとぅ(冒険)」、「はんてぃわざ(危険な仕事)」等はその派生語。
くまんかい初みてぃ、来ゃしえ=ここを初めて訪れたのは、
中学生ぬ修学旅行ぬばすやたしが=中学生の修学旅行のときだったが、
景色え、何がやら=景色はどうも、
あぬばすぬ覚いとお違てぃ見いゆん=あのときの記億とは違って見える。「見いゆん」は文語調では「みゆん」。もちろん、口語で文語調の語を使ってもよい。
写真ぬ左むてぃいや宜名真漁港なとおん=写真の左側は宜名真漁港である。
海え、東シナ海やん=海は東シナ海だ。
うっさ山ぬ連がとおれえ=これほど、山が連なっていることだから、
んちゃ、道え、いいくる海端んかい=なるほど、道路は海岸沿いに
造ゆしりがるどぅう易しむんやら筈=造るのが容易いのであろう。
あんやくとぅる=だからこそ、
「山原ぬ旅や海とぅ山ばかい」=「山原の旅は海と山ばかり」。「ばかい」は「ばかり」と開音で表記される事もある。発音は「びけん」「びけい」、「ばかあ」、「ばかい」などのバリエーションがある。
んでぃ言ゃっとおがやあ=などと、いわれているのだろうか。
早くお、辺戸岬んかいん=以前は、辺戸岬へも
くまぬハンタ道、通てぃる行ちゅたしが=この崖道を通って行ったものだが、
当く代や立派な道ぬ別にけえ造らってぃ=現在は立派な道路が別に造られ、「けえ」は「~してしまう」の意味の副詞で動詞の前に付く。「とうくでえ」は「現代」でその対語は「先(さち)くでえ」。直訳は「~造られれてしまい」とあるが、沖縄語は「けえ」を頻繁に慣用的に使う癖があるので、ここは意訳ですます。
とぅぬうまぬうすん=戸惑う。

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 照間(てぃるま)あ、あいゆかんぬ備後(備後藺、びいぐいい)所(どぅくくる)。我(わあ)が小(くう)さいにい迄(まで)え、田(たあ)やなあふぃんまんどおたん。今(なま)あ、黍畑(ううじばたき)なたい、家(やあ)ぬ建(た)てぃらったいし、けえふぃなとおしが未(なあ)だ最通(むとぅ)うちょおん。
 今(なま)ぬ若夏(わかなち)うりじんぬ節(しち)え、刈ゆる節(しち)。備後(びいぐ)お筵作(むしるちゅく)ゆる材料とぅなゆしが髄(じい)や灯心(とぅうじん)とぅなゆん。
 昔(んかし)からぬ風習(なりい)守(まむ)ゆる考(かんげ)えぬ強(ちゅう)さる集落(とぅくる)なやあに、重(んぶ)らあさる按司言葉(あじくとぅば)する所んやん。戦後ぬ一時迄(いっとぅちゃまでぃ)、欹髻(かたかしら)そおる男(ゐきが)んまんでぃ、米兵(アミリカー)なかい女(ゐなぐ)とぅばっぺえらったる事んあたんでぃぬ事。
 写真ぬ中むてぃいぬくむい小(ぐぁあ)や、まじゅん遊(あし)どおたる弟(うっとぅ)ぬけえ溺(んぶ)きとおたるくむい小とぅ、全(まった)ち、似(に)ちょおん。泣(な)ちがちいなあ、まんぐらんかい居(をぅ)たる大人呼(うふっちゅゆ)びいが走合(はあええ)なたる事思(くとぅうび)い出(ん)じゃちゃん。

【語句】
照間あ、あいゆかんぬ備後(備後藺)所=照間は、かなりのビーグ(備後い草)の生産地。「~所(どぅくる)」は、前語が製品や産物の名である場合は「~の生産地」となり、「風―」、「涼―」などの語がくると、それぞれ「特に風の多い所」、「特に涼しい所」の意味になる。
我が小さいにい迄え=私が小さい頃までは
田やなあふぃんまんどおたん=田はもっとあくさんあった。
今あ、黍畑なたい、家ぬ建てぃらったいし=今は、黍畑になったり、家が建てられたりして、
けえふぃなとおしが未だ最通うちょおん=縮小されてしまっているが、まだ続いている。「けえ」は動詞の前にくる副詞。
今ぬ若夏うりじんぬ節え刈る節=今の若夏うりじんの季節は、収穫する季節。「若夏」と「うりじん」は同じ季節。「うりじん」は地方によっては、「うるじん」、「うるじゅん」等とも言う。
備後お筵作ゆる材料とぅなゆしが=備後(い草)は筵を作る材料となるが、
髄や灯心とぅなゆん=茎は灯心となる。
昔からぬ風習守ゆる考えぬ強さる=昔からの伝統を守る考えが強い
集落なやあに=里であり
重らあさる按司言葉する所ん=優雅な士族言葉をするところでもある。 按司言葉は尚氏による琉球統一後、各地の按司(地方豪族)が首里に集められ、首里語の源流ともなったが、首里語が地元の庶民語や組踊語(大和語の影響を受ける)の一部の影響を受けたりしているため、全く同じではない。
戦後の一時迄=戦後の一時期まで
欹髻そおる男んまんでぃ、=欹髻(琉球髷)をしていた男も多く、 「カンプウたんめえ」らの事について、筆者も小学生の頃、照間の同級生照から直接、聞いたことがある。数年前には、同様なエピソードの新聞投稿があった。
米兵なかい女とぅばっぺえらったる事ぬあたんでぃぬ事=米兵に女と間違えられたこともあったとのこと。 このエピソードは当時の与那城村民の思い出話をも網羅した『よなぐすくの民話』(昭和48年から民話の採録開始)の中にある。
写真ぬ中むてぃいぬくむい小や=写真の中央あたりの小池は、
まじゅん遊どおたる弟ぬ=一緒に遊んでいた弟が
けえ溺きとおたるくむい小とぅ=溺れていた小池と
全ち、似ょおん=瓜二つである(意訳)。直訳は「全く似ている」。
泣ちがちいなあ、まんぐらんかい居たる=泣きながら、近くにいた
大人呼びいが走合なたる事=大人を呼びに走ったことを
思い出じゃちゃん=思い出した。

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