2013年10月

糸数城址(南城市)

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糸数城(いちゅかじぐしく)お、玉城按司(たまぐしくあんじ)ぬ三男糸数按司ぬ14世紀初(はじ)み頃造(ぐるちゅく)たんるむんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 城ぬ造い様(よう)やふぃるましむんやん。
 一番古(ふる)さる「野積み」(城壁)とぅ一番新(みい)さる切「石積み」(門、写真ぬ中央)からなとおん。
 やしが、いち、造(ちゅく)い改(けえ)らったがんでぃぬ事にちいてぃぬ伝(ちて)え話(ばなし)や無えらん。
 首里城(しゅいぐしく)んじぬ如(ぐとぅ)し、金丸が無血クーデターし、第一尚家滅(ふる)ぶちん、家名(やあんんああ)ん城ぬ守(まむ)い神(がみ)やる御嶽(うたき)ん継(ち)じゅるむんやれえ、城んうぬまあまあ継じゅる事んなゆん。
 やしが他所(ゆす)ぬ城ゆ武力(いくさ)し滅るぶしいねえ、守い神ぬ違(ちが)ゆくとぅ、滅ぶちゃる按司え、うぬ城んかい居(をぅ)る事おならな滅ぶさったる城おうぬまあまあさぼうらする他(ふか)あ無(ね)えらん。
 今(なま)ん、6月(るくぐぁち)う祭(まち)りいぬばすお、参詣(さんちい)さあや、まんどおん。


【語句】
糸数城お、玉城按司ぬ三男糸数按司ぬ=糸数城は玉城按司の三男糸数城按司が
14世紀初み頃造たんるむんでぃぬ事やん=14世紀初め頃に建造したとの事だ。
城ぬ造い様やふぃるましむんやん=城の作り方は不思議だ。
一番古さる「野積み」(城壁)とぅ=最も古い野済積み式と
一番新さる「切石積み」(門、写真ぬ中央)からなとおん=最も新しい「切石積み」からなる。
やしが、いち、造い改らったがんでぃぬ事にちいてぃぬ=だが、いつ改造されたかという事についての
伝え話や無えらん=伝説(史料)はない。
首里城んじぬ如し=首里城におけるように、
金丸が無血クーデターし=金丸が無血クーデターを起こし、
第一尚家滅ぶちん、=第一尚家を滅ぼしても、
家名ん城ぬ守い神やる御嶽ん=尚家の家名も守り神である御嶽も
継じゅるむんやれえ=継ぐのであれば、
城んうぬまあまあ、継じゅる事んなゆん=城もそっくりそのまま継ぐ事ができる。
やしが他所ぬ城ゆ武力し滅るぶしいねえ=だが、他所の城を武力で滅ぼすと、
守い神ぬ違ゆくとぅ、滅ぶちゃる按司え=守り神が異なるので、滅ぼした按司は、
うぬ城んかい居る事おならな=その城に居る事はできず、(つまり奪い取る事はできず)
滅ぶさったる城おうぬまあまあ=滅ぼされた城はそのまま、
さぼうらする他あ無えらん=放置され荒れるほかはない。
今ん、6月う祭りいぬばすお=今も、ルクグァチウマチイの際には
うぬ城んかいぬ参詣さあや、まんどおん=その城址への参詣者は絶えない。

中村家(北中城村)

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 音(うとぅ)に豊(とぅゆ)まりる中村家やまるまるうとぅ観光地けえなとおん。
 家(やあ)ぬ中(なあか)んちびらあさしが、家(やあ)ぬ上(ゐい)ぬ景式(ちいち)え、何(ぬ)んでぃん言(い)ゃらんあたい、懐(あな)がちさん。
 1960年代頃(にんぐる)までえ、中村家ぬ如(ぐと)お無(ね)えらんてぃん、殿内(どちゅんち)風儀(ふうじい)ぬ赤瓦家(あかがあらやあ)や、まあぬ部落(むら)んかい大概(てえげえ)、2、3軒(やあ)びけんやあたる肝(ちむ)ぬ覚(うび)いぬあしが復帰前(ふっちめえ)まんぐるらからあ、あったひないけえそおん。
 我知(わあし)っちょおるうぬ家ん殿内風儀なてぃ、今(なま)ん夢(いみ)ん見(ん)るじゅるあたいぬ美(ちゅ)ら家(やあ)やたるむぬ、早(ふぇえ)くに、ちゅやっくぁ南米んかい移民し後(あとぅ)、けえ壊(くう)さったん。庭(なあ)ぬ石畳(いしだたん)ぬん、けえ埋(う)めらってぃ、別(びち)ぬコンクリート家ぬ建(た)てぃらっとおん。なあ昔(んかし)ぬ面影(うむかじ)え無(ね)えらん。

【語句】
音に豊まりる中村家や=有名な中村家は、
まるまるうとぅ観光地けえなとおん=すっかり観光地になってしまった。
家ぬ中んちびらあさしが=家の中も素晴らしいが、
家ぬ上ぬ景式え、何んでぃん言ゃらんあたい=何ともいえないほど、
懐がちさん=懐かしい。
1960年代頃までえ、中村家ぬ如お無えらんてぃん=1960年代ごろまでは中村家ほどでなくとも、
殿内風儀ぬ赤瓦家や=殿内式の赤瓦家は、
まあぬ部落んかい大概、2、3軒びけんや=どこの部落にもだいたい2、3軒ぐらいは、
あたる肝ぬ覚いぬあしが=あった記億があるが、「軒」は「やあ(家)」といい、「家(やあ)」自体が数詞(接尾語)を兼ねる。
復帰前まんぐるらからあ、あったひないけえそおん=復帰前後ぐらいからは急激に減ってしまった。
我知っちょおるうぬ家ん殿内風儀なてぃ=私の知人の家も殿内スタイルになっていて、「知っちょおるう」は「知っちいる人」でもよいが、前者が沖縄語的。日本語の影響で後者使いが増えているが…。
今ん夢ん見るじゅるあたいぬ美ら家やたるむぬ=今でも夢に出てくるほどの華麗な家であったのに、
早くに、ちゅやっくぁ南米んかい移民し後=早くに一家が南米に移住した後、「ちゅやっくぁ」(人家族)は『沖縄語辞典』にはなく、同じ意味では「ちゅやあにんず」というのがある。
けえ壊さったん=壊されてしまった。
庭ぬ石畳ぬん、けえ埋めらってぃ=庭の石畳も、埋められてしまい、
別ぬコンクリート家ぬ建てぃらっとおん=別のコンクリート家が建てられている。
なあ昔ぬ面影え無えらん=もう昔の面影(思い出)はない。
ギャラリー
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