2014年05月

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 円鑑池(びでえんぐむい、蓮小堀、りんぐむい)ぬ周(まあ)いぬディグおうゐいりさある見物(みいむん)やたん。
 写真や去年(くず)ぬむん。
 ディグぬ花咲(はなさ)ちゅる時分(じぶん)なてぃん咲ちぇえ居(をぅ)らんたくとぅくぬブログんかい載(ぬ)しらんたん。
 今度(くんど)びけんや咲ちょおがやんでぃ思(うむ)てぃ、カメラふぃっ提(さ)ぎてぃ行(ん)じゃれえ、去年(くず)やかん、なあふぃん、目外(みいは)んだあなたん。
 小堀(くむい)ぬ中島(なかしま)んかいある弁財天堂んかい行ちゅる石道(いしみち)ぬ左(ふぃざい)むてぃいぬディグぬ木(きい)ぬ四本(ゆんぶん)びけえん(写真左)ぬけえ切(ち)らってぃ無(ね)えらんなとおたん。
 花あ咲かさんてぃん枝(ゆだ)ぬ末(すら)あ小堀んかい垂(た)い下(さ)がてぃ風情(ふうじ)ぬあたん。
 やしが、うぬまあまあそおちいねえ、あたら文化財やる石垣んでえが頑丈(がんじゅう)さあるディグぬ木ぬ根(にい)なかい壊(くう)しいねえ、ざあふぇえないがすらん分からんでぃちが切(ち)ちゃら。


【語句】
円鑑池(蓮小堀)ぬ周いぬディグお=円鑑池の周りの出デイゴは、  「りんぐむい」は「円鑑池(びでえんぐむい)の通称であるが、『沖縄語辞典』にはない。同じくすぐ隣の琉譚池の俗称「魚小堀(いゆぐむい)」もない。私が学生時代までは、確かに文字通り蓮池であったが、今は刈り取られて無い。
うゐいりさある見物(みいむん)やたん=景観よく見応えがあった(多く意訳)。
写真や去年ぬむん=写真は昨年のもの。
ディグぬ花咲ちゅる時分なてぃん咲ちぇえ居らんたくとぅ=デイゴの花咲く季節になっても咲いてなかったので、
くぬブログんかい載しらんたん=このブログには載せなかったのである。
今度びけんや咲ちょおがやんでぃ思てぃ=今年こそは咲いているかと思い、
カメラふぃっ提ぎてぃ行じゃれえ=カメラを担いで行ったところ、
去年やかん、なあふぃん、目外んだあなたん=去年より、もっと、がっかりした。
小堀ぬ中島んかいある弁財天堂んかい行ちゅる=池の中島にある弁財天堂に通じる
石道ぬ左むてぃいぬディグぬ木ぬ四本びけえん(写真左)ぬ=石畳の左側のデイゴの木が四本ばかり
けえ切らってぃ無えらんなとおたん=伐採されてしまっていたのだ。
花あ咲かさんてぃん枝ぬ末あ=花は咲かせなくても枝のこずえは、
小堀んかい垂い下がてぃ風情ぬあたん=池に垂れ下り、風情があった。
やしが、うぬまあまあそおちいねえ=だが、そのまま放っておくと
あたら文化財やる石垣んでえが=大事な文化財である石垣等が
頑丈さあるディグぬ木ぬ根なかい=強靭なデイゴの木の根によって、
壊うさりねえ=破壊されれば、
ざあふぇえないがすらん分からんでぃちが切ちゃら=元も子もなくなるから、伐採したのだろうか

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 沖縄(うちなあ)や元(むとぅ)からぬヒル木(ぎ)どぅくる。
 大川(かあら)ぬ海(うみ)んかいちるがとおる所(とぅくる)んかいやいいくるヒル木ぬ(み)生いとおん。
 写真ぬヒル木原(もう)や泡瀬(ああし)ぬ干潟(かたばる)とぅ一(てぃい)ちゃあやたしが、40年前(にんめえ)ぐれえに大道(うふみち)(写真ぬ右んかいあん)ぬ造(ちゅく)らったる為(たみ)なかい干潟とおけえ分かさっとおん。
 うぬ干潟くるん今(なま)あ、ばんじ、埋立(うみた)てぃ普請(ぶしん)ぬさっとおん。
 くまぬヒル木ん達(ちゃあ)や、ただんちょおん、潮水渇(うすみじがあ)きがそおらあ葉(ふぁあ)ぬ色(いる)ん悪(わ)っさるあるむぬ、干潟からぬ潮水ぬ来(く)うんないねえ、如何(ちゃ)ぬ風儀(ふうじい)がなゆら。
 人(く)が自然(しじん)んかい何(ぬう)がな手出(てぃいん)じゃしいねえ、自然や思(うみ)い寄(ゆ)ゆらん所迄(とぅくるまでぃ)ん、壊(くう)りてぃ行(い)ちゅん。

【語句】
沖縄や元からぬヒル木どぅくる=沖縄はもとよりヒルギが繁茂する地域。
大川ぬ海んかいちるがとおる所んかいや=大きな川の河口には、
いいくるヒル木ぬ生いとおん=だいたい、ヒルギが茂っている。
写真ぬヒル木原や泡瀬ぬ干潟とぅ一ちゃあやたしが=写真のヒルギ林は泡瀬干潟と一つであったが、
40年前ぐれえに大道(写真ぬ右んかいあん)ぬ=40年ほど前に道路(写真の右にある)が、
造らったる為なかい=造られたために、
干潟とおけえ分かさっとおん=干潟とは分けられてしまった。
うぬ干潟くるん今あ=その干潟自体も今は、
ばんじ、埋立てぃ普請ぬさっとおん=埋め立て工事の真っ最中である(大きく意訳)。
くまぬヒル木ん達や、ただんちょおん=ここのヒルギたちはただでさえ、
潮水渇きがそおらあ葉ぬ色ん悪っさるあるむぬ=潮水に植えているのか葉の色も悪いのに、
干潟からぬ潮水ぬ来うんないねえ=干潟からの潮水が来なくなれば、
如何ぬ風儀がなゆら=どうなっていくのだろうか。
人が自然んかい何がな手出じゃしいねえ=人間が自然に何かと手を出せば、
自然や思い寄ゆらん所迄ん、壊りてぃ行ちゅん=自然は想定外の所まで壊れていく。

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