2015年06月

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 奧武島(おう、おうじま)あ本島(じじうち)から100mびけえ離(はな)りとおるぐま島。
 周(まあ)いや1.7kmどぅやしが、まる平生(ふぃいじい、ひいじい)から、んまんじ売(う)らっとおる天麩羅(てぃんぷら)ぬどぅくまあさぬ、見(ん)じゅる所(とぅくる)おなんぞお無(ね)えらのおあしが、うゐいりきしいが来(ち)ゅうる人(ちゅ)ぬまんどおん。特(かわ)てぃ、しぬい天麩羅やまあさん。実に天麩羅うゐいりき所。
 写真やゆっかぬ日(ふぃい、ひ)ぬ海神祭(うんじゃみさい、うんじゃみまちい)ぬばすぬむん。
 海端(うみばあ)んじ万事(ばんじ)爬竜栓勝負(ハーリーしゅうぶ)ぬさっとおる側(すば)んじ、天麩羅売やあや繁盛(はんじょう)そおる風儀(ふうじ)。
 ハーリー勝負すぬあたい海人(うみんちゅう)ぬ島やしが、他(ふか)ぬ仕事(しくち、しぐとぅ)そおる人(ちゅ)ん達(ちゃあ)んまんどおん。
 戦後(いくさあとぅ)ぬ一時(いっとうちゃ)あ島ぬ北東(うしとぅら)ぬ所(とぅくる)お米軍(びいぐん)なかい取(とぅ)らとおたる事(くとぅ)んあたしが、島人(しまんちゅう)んぬ戻(むどぅ)いはじみたれえ、捨(し)てぃてぃ去(は)ちゃんでぃぬ事。

【語句】

奧武島あ本島から100mびけえ離りとおるぐま島=奧武島は本島から100m程離れた小島。
周いや1.7kmどぅやしが、まる平生から=周囲は1.7kmしかないが、普段から、
んまんじ売らっとおる天麩羅ぬどぅくまあさぬ=そこで売られている天麩羅があまりのもおいしいので、
見じゅる所おなんぞお無えらのおあしが=見るところはあまりないものの、
うゐいりきしいが来ゅうる人ぬまんどおん=観光しに来る人が絶えない。
特てぃ、しぬい天麩羅やまあさん=特にモズク天麩羅はおいしい。
実に天麩羅うゐいりき所=本当に、天麩羅観光地だ。
写真やゆっかぬ日ぬ海神祭ぬばすぬむん=写真は旧暦5月4日の海神祭の際のもの。
海端んじ万事爬竜栓勝負ぬさっとおる側んじ=海岸で万事、ハーリー競争が行われている傍らで、
天麩羅売やあや繁盛そおる風儀=てんぷら売りは繁盛している様子。
ハーリー勝負すぬあたい海人ぬ島やしが=ハーリー行事が行われる程、漁師の島であるが、
他ぬ仕事そおる人ん達んまんどおん=他の職業についている人々も多い。
戦後ぬ一時あ島ぬ北東(丑寅)ぬ所お米軍なかい取らとおたる事んあたしが=戦後、島の北東部は米軍に接収された事もあるが、
島人んぬ戻いはじみたれえ、捨てぃてぃ去ちゃんでぃぬ事=島人が戻り始めると、放棄して行ったとの事。

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 琉球文化(るうちゅうぶんくぁ)、語(かた)ゆるばすねえ、ちゃあそおてぃん、ガンぬ事(くと)お、すばなさらん。
 ガンや棺桶箱入(くぁんちぇえばくい)りてぃ、亡(ま)あちょおる人(ちゅ)ぬ家(やあ)から墓迄連(はかまでぃそ)おてぃ行(い)ちゅる御輿(うくし)。
 ガン屋(やあ)やうぬガン納(うさ)みゆる屋。ガン屋や旧部落(シマ)やれえ、まあにんあたん。
 やしが、戦後(いくさあとぅ)、一時(いっとぅちゃ)しから火葬(くぁそう)が並(なみ)とぅなやあに、ダビぬしい様(よう)ぬあい変(か)わてぃからあ、ガン文化あ、いっそうからけえ廃(した)りたん。
 洗骨(しんくち)ぬ習慣(なり)ぬん無(ね)えらんなやあに、女(ゐなぐ)ん達(ちゃあ)や肝(ちむ)いしたん。
 聞(ち)ちゃる話(はなし)なかいや、琉球人(うちなあんちゅ)や亡(ま)あち後(あとぅ)びけんちょおん、御輿(うくし)んかい乗(ぬ)してぃ、あぬ世(ゆう)んかい行(い)かさんでぃぬ思(うみ)いぬあたんでぃぬ事(くとぅ)。
 ガンや博物館(はくぶちくぁ)でえんかい、うさぎらっとおしんあしが、要用(いりゆう)や無(ね)えらんなてぃん、ガン屋、残(ぬく)ちガン守護(しゅぐ)そおる旧部落(シマ)んまんどおん。

【語句】
琉球文化、語ゆるばすねえ、ちゃあそおてぃん=琉球文化を語る上で、
ガンぬ事おすばなさらん=ガンの事は欠かせない。「ガン」は日本語の「龕」からの転意。
ガンや棺桶箱入りてぃ、亡あちょおる人ぬ家から墓迄=ガンは棺桶を入れて、亡くなった人を家から墓迄、 註:「棺桶箱」は首里語では「館箱’「(くぁんばく)」。
連おてぃ行ちゅる御輿=運ぶ「御輿?」である。
ガン屋やうぬガン納みゆる屋=ガン屋はそのガンを収納する建物。
ガン屋や旧部落やれえ、まあにんあたん=ガン屋は旧部落であれば、どこにでもあった。
やしが、戦後、一時しから火葬が並とぅなやあに=だが、戦後しばらくすると、火葬が一般的になり、
ダビぬしい様ぬあい変わてぃからあ=葬式のやり方が激変してからは、  「ダビ」は日本語の「荼毘」からの転意。
ガン文化あ、いっそうからけえ廃りたん=ガン文化は、片っ端から衰退してしまった。
洗骨ぬ習慣ぬん無えらんなやあに=(このため同時に)洗骨の習慣もなくなり、 「洗骨」は死者の骨を洗い骨壺に移す事であるが、次の死者が墓に入るタイミングで行われた為に、前の死者が墓に入って間もない場合の洗骨はそれを担当する身内の女性陣にとっては悲惨であったという。
女ん達や肝いしたん=女性たちはほっとした。
聞ちゃる話なかいや、琉球人や亡あち後びけんちょおん=聞いた話では、琉球人はせめて、死後だけでも、
御輿んかい乗してぃ、あぬ世んかい行かさんでぃぬ=(王様のように)御輿に乗せて、あの世に送ろうとの
思いぬあたんでぃぬ事=思いやりがあったとのこと。
ガンや博物館でえんかい、うさぎらっとおしんあしが=ガンは博物館等に寄贈されているのもあるが、 寄贈があるのは恩納村やうるま市等。
要用や無えらんなてぃん、ガン屋、残ち=必要はなくても、ガン屋を残し、
ガン守護そおる旧部落んまんどおん=ガンを大切に納めている旧部落も多い。

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