イメージ 1

 知念城址(ちにんぐしく)お「おもさうし」なかいや「ちねん(又ちゑねん)もりくすく」んでぃちあん。
 今(なま)あ、でえじな、しからあさる山ぬ中(なか、なあか)んかいあやあに、さぼうりとおしが、万事栄(ばんじさけ)えとおたるばすぬ事(くと)お「おもろ」なかい、様々(さまざま)に詠(うた)あらっとおる通(とぅう)い、ちびらあさるぐしくやたる筈(はじ)。
「きこゑ大きみや(註2)ちゑねんむりくすく かけてふさよわちへ」、「あまみやから とよみよる」、「のぼて いけば てだが ほこり よわちへ」、「くぬ世まさりよわちへ」、「きよらや かみ下の よそい おどの」、「たうのふね ここらよる」んでぃやあま、実(じゅん)に栄(さけ)えとおたるぐしくやん。
 ぐしくお又、御嶽(また、うたき)んやん。
 琉球人(うちなあんちゅ)や、かあま昔(んかし)から御嶽念(うたきにん)じぬ強(ちゅう)さくとぅ、うんな史跡え、だてん残(ぬく)いまんどおん。

【語句】
知念城址お「おもさうし」なかいや=知念城址は「おもろ御さうし」では、
「ちねん(又ちゑねん)もりくすく」んでぃちあん=「ちねん(又はちゐねん)もりくすく」とある。
今あ、でえじな、しからあさる山ぬ中んかいあやあに=今は、とても、寂しい山の中にあって、
さぼうりとおしが、万事栄えとおたるばすぬ事お=荒れているが、万事、栄えていた頃の事については、
「おもろ」なかい、様々に詠(うた)あらっとおる通い=「おもろ」に様々に詠われていた通り、
ちびらあさるぐしくやたる筈=素晴らしい城だったに違いない。
「きこゑ大きみやちゑねんむりくすく かけてふさよわちへ」=「聞得大君は知念杜城を「管轄」し、栄えさせ」、
「あまみやから とよみよる」=「大昔(天御世)の世から評判高く」、
「のぼて いけば てだが ほこり よわちへ」=「上って行けば、太陽が喜び賜い」、
「くぬ世まさりよわちへ」=「この世の中を素晴らしいものにし賜い」、
「きよらや かみ下の よそい おどの」=「美しくも上下の万人が添い集まる御殿(として)」、
「たうのふね ここらよる」=「唐船の多く寄る」、
んでぃやあま、実に栄えとおたるぐしくやん=とあるように、真に栄えていた城である。
ぐしくお又、御嶽んやん=城はまた、聖地でもある。
琉球人や、かあま昔から嶽念じぬ強さくとぅ=琉球人は、ずっと大昔から信仰心が篤いので、
うんな史跡え、だてん残いまんどおん=そういう史跡は、随分と多く残っている。

註:なお、「おもろ文」は「ちねんもりくすく」を詠った複数の「おもろ(古謡形式の一つ)」の部分を勝手に、繋いだものです。また、訳文(日本語)は筆者の解釈であり、他(学者等)と異なる部分があるかもしれません。
註2:聞得大君が知念杜城の主としえ君臨してい居たという意味ではなく、ここでは、あくまで、琉球国各地のノロ(神官)の統括者として、知念城を管轄していたという意味。居城は歴代の「知念按司」。「聞得大君」は琉球国の最高の神官で国王の姉妹がなる。国王継承にも介入するほどの力があった。