2015年09月

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 くぬ御嶽(うたき)え、あおりあへノロ(ぬうる)ぬ殿内(どぅんち)ぬ火神御嶽(ひぬかんうたき、ふぃぬかんうたき)なやあに、今帰仁上(なちじんぬぶ)い(廻い)ぬ御嶽ぬ一(てぃい)ちなとおん。
 「あおりやへ」んでえ、開音(くぁいうん)なやあに口音(こうおん)せえ「おおれえ」。
 神名なやあに、琉球(るうちゅう)三十三君(ちみ)ぬ一人(ちゅい)やん。北山世(ゆう)ぬむぬおあらな、中山ぬ三山まるちゃる後(あとぅ)ぬ今帰仁間切(なちじんまじり)ぬ神官(ちむぬなあ)どぅやる。
 伊平屋(いひゃ)とぅ国頭方(くんじゃんほう)んかいぬ御(う)たんかあ御通(うとぅう)し所(どぅくる)とぅしみゆる為(たみ)なかい、位(くれえ)ぬ高(たか)さる神官置(ちみう)ちゃんでぃ言(い)らっとおん。
 オモロんかい「あおりやえかふし」んでぃゆる節名(ふし)ぬあん。算取(さんとぅ)たる訳(わき)えあらんしが、うぬ節(ふし)ふしえ一番多(うふ)く使(ちか)あらってえ居(をぅ)らんがあらんでぃ思(うみ)ゆん。
 如何(ちゃぬ)ぬ様(ゆう)な節がやたら分からのおあしが…。

【語句】
くぬ御嶽え、あおりあへノロぬ殿内ぬ火神御嶽なやあに=この聖地は「あおりやへノロ」殿内の火の神の祠であり、
今帰仁上い(廻い)ぬ御嶽ぬ一ちなとおん=今帰仁廻りの聖地の一つである。
「あおりやへ」んでえ、開音なやあに口音せえ「おおれえ」=「あおりやへ」というのは開音で口語音では「おおれえ」。  例えば「おきなわ」を開音であり、口音は「うちなあ」である。同様に「ノロ(神官)」は「ヌウル」、「ぐすく(城)」は「ぐしく」となる。
神名なやあに、琉球三十三君ぬ一人やん=神名であって、琉球三十三君の一人である。三十三君は各地のノロ(神官)の上に立つ。
北山世ぬむぬおあらな=(神官としての「あおりやへ」は)北山時代のものではなく、
中山ぬ三山まるちゃる後ぬ今帰仁間切りぬ神官どぅやる=中山が三山を統一した後(に置かれた)の今帰仁行政区の神官である。
伊平屋とぅ国頭方んかいぬ御たんかあ御通し所とぅしみゆる為なかい=伊平屋と国頭(郡)の遥拝所としての位置づけから、 「御たんかあ御通し」は「御通し(遥拝)」の敬語。
位ぬ高さる神官置ちゃんでぃ言らっとおん=位の高い神官を配置したと言われている。
オモロんかい「あおりやへかふし」んでぃゆる節名ぬあん=オモロに「あおりやへの節」という曲名がある。
算取たる訳えあらんしが=数えたわけではないが、
うぬ節え一番多く使あらってえ居らんがあらんでぃ思ゆん=その曲は最も多く使用されているのではないかと思う。
如何ぬ様な節がやたら分からのおあしが…=どのような曲であったかはしらないが…。

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 エイサーが仏壇(ぶちだん)ぬある世帯(ちねえ)廻(みぐ)てぃ舞(も)おゆしとお変(か)わてぃ、屋慶名(やきな)ぬ臼太鼓(うしでえく)臣下(しんか)ぬばあや、御送(ううくい)いぬなあ明日(あっちゃ)ぬ旧(ちゅう)ぬ7月(ぐぁち)16日(にち)んじ、御神屋(うかみやあ)廻(みぐ)てぃ踊(もお)ゆん。
 早(へえ)こお、七夕(たなばた)んじん、舞(も)おらりいたしが、近頃(ちかぐる)お踊(もお)おい臣下(しんか)んいきらくけえなやあに、ぐまくけえなとおん。
 臼太鼓(うしでえく)お、いやでぃんかあま、「おもろ」世(ゆう)からぬからぬ歌踊(うたうどぅ)いなやあに、三味線(さんしん)ぬ地方(じかた)ん無(ね)えらな、太鼓(てえ)ぬ拍子(ひょうし)びけんなかい、歌(うた)てぃ舞(も)おらりいん。
 エイサーや若者(わかむん)達(ちゃあ)ぬ踊(うどぅ)いやしが、臼太鼓お、あんまあたぬ踊(うどぅ)いやん。
 でえじな地味やくとぅ、御神屋ぬ主ぬ家組ぬ他あ、見物人(しんぶちにん、んじゃあ)ぬん居(う、をぅ)らのおあしが、何時迄(いちまでぃ)ん、むとぅうち、又(また)はねえち行(い)ちゅる如(ぐとぅ)願(にが)ゆん。

【語句】
エイサーが仏壇ぬある世帯廻てぃ舞おゆしとお変わてぃ=エイサーが仏壇のある家庭を回って、踊るのとは違い、
屋慶名ぬ臼太鼓臣下ぬばあや、御送いぬなあ明日ぬ=屋慶名の臼太鼓集団の場合は、旧暦の最終日(御送り日)の、
旧ぬ7月16日んじ、御神屋廻てぃ踊ゆん=旧暦㋆16日に、神屋で踊る。註:「御神屋」は仏壇が比較的近い祖先を祀るのに対し、古くからの祖先を祀る小さな屋敷で、母屋の傍にある。
早こお、七夕んじん、舞おらりいたしが=以前は七夕においても、踊られたが註:七夕=旧暦の7月7日に墓参りをして、盆に家に招待する儀式をする日。
近頃お踊臣下んいきらくけえなやあに、ぐまくけえなとおん=最近は、踊り手が減り、規模が小さくなってしまっている。
臼太鼓お、いやでぃんかあま、「おもろ」世からぬからぬ歌踊いなやあに=臼太鼓は、たしか、はるか昔の「おもろ時代」からの歌踊であり、 註:「おもろ」(口語音は『うむる』)=琉球王府が編纂した琉球各地の神歌(私の経験からは俗謡も見られる)。
三味線ぬ地方ん無えらな、太鼓ぬ拍子びけんなかい=三味線の伴奏もなく、太鼓の拍子だけで、歌てぃ舞おらりいん≆歌い踊られる。
エイサーや若者達ぬ踊いやしが、臼太鼓お、あんまあたぬ踊いやん=エイサーが若者の踊りであるのに対し、臼太鼓はご婦人方の踊りである。
でえじな地味やくとぅ、御神屋ぬ主ぬ家組ぬ他あ=大変に、地味なので、神屋の主の家族以外には、
見物人ぬん居らのおあしが=見物人も居ないのであるが、
何時迄ん、むとぅうち、又はねえち行ちゅる如願ゆん=何時までも、続き、盛んになっていくことを願う。

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