2015年10月

イメージ 1

 写真(しゃしん)のお与那覇岳(ゆなふぁだき)んかいぬ登(ぬぶい)いはなまんぐらぬむんどぅやる。
 なあふぃん行(い)ちいねえ、しらあくさあ、諸(むる、ぶうる、むうる)、木(きい)びけんなやあに写真抜(ぬ)じん、むさっとぅ意味合(ちむええ)ん無(ね)えらん。
 やくとぅ、如何(ちゃあ)そおてぃん頂上(ちじ)からぬ景色(ちいち)ん抜(ぬ)ぎわるやんでぃ思(うむ)とおたしが、村役場(ばんじゅ)んじ、道(みち)じゃあまなゆくとぅ、行(ん)じええならんでぃち習(な)あさったん。
 又東(また、あがり)むてぃいや米軍訓練場(びいぐんくんりんじょう)んやい、道じゃまあないねえ、うかあさぬならん。
 与那覇岳え前々(めえめえ)から行(い)けえやあんでぃ思(うむ)とおたくとぅ、今(く)ぬまあどお、行(い)ち習(なれ)えぬ積合(ちむええ)やたん。
 何(ぬ)がんでえ、本島(うんちなあ)んじ、一番ぬ高森(たかむい)なやあに、丈ぬ500mんあれえ、真冬ぬ一番寒(ふぃい)さるばす、むしか、海端(うみばた)ぬ気温(ちうん)ぬ5度(どぅ)まんぐらやれえ、頂(ちじ)ぬ温度お零度(りいどぅ)ぐれえなやあに、ゆうしいねえ、雪(ゆち)ん見(ん)だりいがすらんでぃ思(うむ)とおくとぅやん。
 やしが、我考(わあかんげ)えぬ成(な)てえ居(をぅ)らんたしよお!。

【語句】
写真のお与那覇岳んかいぬ登いはなまんぐらぬむんどぅやる=写真は与那覇岳入口付近のものに過ぎない
なあふぃん行ちいねえ、しらあくさあ、諸、木びけんなやあに=もっと、行けば、前後左右、全て木だけになり、
写真抜じん、むさっとぅ意味合ん無えらん=写真を撮っても、(風景写真としては)全く意味がない。「写真を撮る」という意味での「抜じゅん」は『沖縄語辞典』にはない。(念のため)。
やくとぅ、如何そおてぃん頂上からぬ景色ん=だから、どうしても、頂上からの景色も
抜ぎわるやんでぃ思とおたしが=撮ろうと思っていたのだが、
村役場んじ、道じゃあまなゆくとぅ、行じええならんでぃち習あさったん=村役場で迷うから行ってはいけないと諭された。
又東むてぃいや米軍訓練場んやい=また、東側は米軍訓練場でもあり、
道じゃまあないねえ、うかあさぬならん=道に迷ったら、危険である。
与那覇岳え前々から行けえやあんでぃ思とおたくとぅ=与那覇岳は以前から行きたいと思っていたので、
今ぬまあどお、行ち習えぬ積合やたん=今回は予行演習の積りであった。
何がんでえ、本島じ、一番ぬ高森なやあに=なぜかと言えば、(与那覇岳は)本島では最高峰であり、
丈ぬ500mんあれえ、真冬ぬ一番寒さるばす=標高500mもあれば、真冬の一番寒いときに、
むしか、海端ぬ気温ぬ5度まんぐらやれえ=仮に海岸の気温が5度ぐらいなら、
頂ぬ温度お零度ぐれえなやあに、ゆうしいねえ=地頂付近は零度ぐらいになり、ひょっとしたら、
雪ん見だりいがすらんでぃ思とおくとぅやん=雪も見られたりするかも知れないと思ったからである。
やしが、我考えぬ成てえ居らんたしよお!=だけど、私の考えの甘かった事よ!

イメージ 1

 伊波城跡(いふぁぐしくあとぅ)から眺(なが)みたる石川(いしちゃあ)とぅうぬ後(くさあ)ぬ石川岳(ひちゃあだき、いしちゃあだき)はじみ、山原(やんばる)ぬ山々(やまやま)やん。
 石川とぅ恩納村(うんなそん)ぬ中泊(なかどぅまい)ぬ間(うゑえだ)あ、ちんとぅ3キロぐれえどぅあい、丁度(ちょうどぅ)、沖縄島(うちなあ)ぬがまく小(ぐぁあ)ぬ如(ぐとぅ)どぅある。
 米軍(あみりかあいくさ)ぬ読谷(ゆんたん)ぬんかい上陸(じょうりく)させえ、本島ゆ北(にし)むてぃいとぅ南(ふぇえ)むてぃいんかい分(わ)きい易(や)っさたくとぅどぅやるんでぃぬ話んあん。
 雲(くむ)なかい太陽(てぃだ)がたかさっとおる近(ちか)くぬ山(やま、むい)あ石川岳(いしちゃあだき)やしが、うぬあがたあ恩納岳(うんなだき)がやら?。伊波城ぬなあふぃん、高所(たかどぅくる)んかいあてえれえ、かあまがたぬ奥山原迄(うくやんばるまでぃ)、大連(ううちる)があそおる山々(やまやま)ぬ見(み)いゆたる筈(はじ)やしが…。
 やしが伊波城ぬまんぐらあ、地層(しすう)変(が)わいなとおらあ分からのおあしが、大平原(ううとうばる)なとおん。
 畑(はる)んしい易(や)っさたくとぅどぅ、早々(ふぇえべえ)とぅ、市んかいなゆるあたい、栄(さけ)えとおたる筈(はじ)んでぃ思(うむ)ゆしが…。

【語句】
伊波城跡から眺みたる石川とぅうぬ後ぬ=伊波城址から眺望した石川とその向うの、
石川岳はじみ、山原ぬ山々やん=石川岳をはじめとした北部の山々である。「石川岳」は地元では「ひちゃあだき」。
石川とぅ恩納村ぬ中泊ぬ間あ、ちんとぅ3キロぐれえどぅあい=石川と恩納村中泊の間はたった3キロぐらいしかなく、
丁度、沖縄島ぬがまく小ぬ如どぅある=丁度、沖縄本島の腰のくびれのようである。
米軍ぬ読谷ぬんかい上陸させえ=米軍が読谷村に上陸したのは、
本島ゆ北とぅ南んかい分きい易っささたくとぅどぅやるんでぃぬ話んあん=本島を南北に分断しやすかったかだという説もある。
雲なかい太陽がたかさっとおる近くぬ山あ石川岳やしが=雲で日差しを遮られている近くの山は石川岳であるが、
うぬあがたあ恩納岳がやら?=その向うは恩納岳なのだろうか?
伊波城ぬなあふぃん、高所んかいあてえれえ=伊波城がもっと、高い所にあれば、
かあまあがたぬ奥山原迄、大連がいそおる山々迄、見いゆたる筈やしが…=遥かな向うの奥山原まで、連なっている山々が見渡せたかもしれない…
やしが伊波城ぬまんぐらあ、地層変わいなとおらあ=だが、伊波城付近は地層の変わり目なのか
分からのおあしが、大平原なとおん=知らないが、大平原になっている
畑んしい易っさたくとぅどぅ、早々とぅ=農業も簡単だったからこそ、早々と、
市んかいなゆるあたい、栄えとおたる筈んでぃ思ゆしが…=(戦後すぐに)市になったほど、栄えていたとのだろうと思われるのだが…。

↑このページのトップヘ