2016年01月

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 南城(なんじょう)市ぬ仲村渠(なかんだかり)んかい岩山(しいやま)ねえそおるグシクぬあん。
 グシクんかいや色(いる)んな意味(ちむええ)ぬあしが、(か)掛きやあがシマ掛きゆる為(たみ)ぬ住所(しめえじゅ)とぅしちぬグシクやれえ、あんし又(また)伝説(ちてえばなしい)ぬ通(とぅう)いやれえ、くぬぐしくおアマミキヨ(あまみちゅう)が造(つく)たる琉球(るうちゅう)んじ一番(いちばん)初(はじ)みぬグシクやん。
 やしが、ある家系図(ちいじ)んかいや、阿摩彌如(あまみよ)から八代目(はちでえみ)やる明東天孫子王(みんとぅんてぃんすんしおう)ぬ世(ゆう)なてぃからどぅ「明東」んでぃゆる「名」ぬ出じてぃ来ゅうる。
 頂(ちじ)まんぐらんかいや、墓(はか)ぬ如(ぐと)おるむぬんあい、アマミキヨぬ墓でぃぬ事(くとぅ)やん。
 やしが、アマミキヨぬ墓あ浜比嘉島(ばまふぃざじま)んかいあん。アマミキヨぬキヨや合音(こううん)せえ「チュ」なやい、「人」ぬ意味(ちむええ)。
 やくとぅ、アマミキヨんでえ、人(ちゅ)一人(ちゅい)やあらな、「アマミ人」んでぃぬ意味なやあに、アマミ族(部族、集団)ぬ意味やあらに?。ヤマトゥんでえから渡(わた)てぃ来(ち)ゃる…。

【語句】
南城市ぬ仲村渠んかい岩山ねえそおるグシクぬあん=南城市の仲村渠に岩山のようなグシク(城)がある。
グシクんかいや色んな意味ぬあしが=グシクには色んな意味があるが、
掛きやあがシマ掛きゆる為ぬ住所とぅしちぬグシクやれえ=統治者が国を支配する為の住処としてのグシクという意味なら、
あんし又伝説ぬ通いやれえ=そしてまた、伝説の通りだとしたら、
くぬぐしくおアマミキヨが造たる琉球んじ一番初みぬグシクやん=この城はアマミキヨが建造した琉球最初の城である。
やしが、ある家系図んかいや、阿摩彌如から八代目やる=ところが、ある家系図には、アマミキヨから八代目にあたる
明東天孫子王ぬ世なてぃからどぅ=明東天孫子王の時代になってから
「明東」んでぃゆる「名」ぬ出じてぃ来ゅうる=「明東(ミントゥン)」という「名」が登場するのである。
頂まんぐらんかいや、墓ぬ如おるむぬんあい=天辺あたりには墓のようなものがあり、
アマミキヨぬ墓でぃぬ事やん=アマミキヨの墓とのことである。
やしが、アマミキヨぬ墓あ浜比嘉島んかいあん=だが、アマミキヨの墓は浜比嘉島にもある。
アマミキヨぬキヨや合音せえ「チュ」なやい=アマミキヨのキヨは合音では、「チュ」であり、
「人」ぬ意味=「人」の意味である。
やくとぅ、アマミキヨんでえ、人一人やあらな=したがって、アマミキヨとは、一人の人間ではなく、
「アマミ人」んでぃぬ意味なやあに=「アマミ人」との意味であり、
アマミ族(部族、集団)ぬ意味やあらに?=アマミ族(つまり、部族、集団)の意味なのではないか?
ヤマトゥんでえから渡てぃ来ゃる…=本土などからやってきたところの…。

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 写真(しゃしん)や又造(またづく)いさっとおる「首里杜(しゅいむい)ぐしく」どぅやる。
 おもろさうし於(をぅ)とおてえ「しよりもりぐすく」やしが、「首里森御嶽(しゅいむいうたき)」んでぃち書(か)ちぇえ書物(しゅむち)んあん。
 実(じゅん)ねえ「ぐしく」やら筈(はじ)やしが、「城(ぐしく)」とぅ紛(まみ)っくぁあゆくとぅ「御嶽」んでぃぬ言(い)い様(よう)ぬるまんどおいぎさん。
 おもろさうし於とおてぃ、必(かんな)じ、くぬ首里杜ぐしくぬ対句とぅなてぃ出(ん)じてぃ来(ち)ゅうしえ、「またまもりぐすく(真玉杜ぐしく)」やん。
 うぬ二(たあ)ちぬ「ぐしく」お、おもろさうしんかい最(むっとぅ)ん繁(しじ)く書(か)かっとおん。琉球(るうちゅう)ぬ一番(いちばん)ぬ御嶽(いび)やくとぅ、当(あ)たり前(めえ)んでぃ言(い)いねえ、当たい前やん。
 「真玉杜ぐしく」お、京(ちょう)ぬ内(うち)んかいある幾(いく)ちがなある御嶽(うたき)ぬうちぬ一(てぃい)ちやたんでぃぬ事(くとぅ)やるむんぬ、何(じ)るがやら分(わ)からんなとおんでぃぬ事(くとぅ)。
 聞得大君(ちふぃじん)びけんぬ拝(うが)どおたくとぅどぅ、あんなとおらあ?…


【語句】
写真や又造いさっとおる「首里杜ぐしく」どぅやる=写真は復元された「首里杜ぐしく」である。「ぐすく」は「ぐしく」の開音で、学術用語も開音を使うのが普通である。「首里杜ぐしく」は、首里城内の「下ぬ御庭」にある。
おもろさうし於とおてえ「しよりもりぐすく」やしが=おもろさうしでは「しよりもりぐすく」となっているが、
「首里森御嶽」んでぃち書ちぇえ書物んあん=「首里森御嶽」と記述する本もある。『沖縄の聖地』(むぎ社)等。
実ねえ「ぐしく」やら筈やしが、「城」とぅ紛っくぁあゆくとぅ=本当は「ぐしく」だろうけど、「城」と紛らわしので
「御嶽」んでぃぬ言い様ぬるまんどおいぎさん=「御嶽」という表記が多いようである。
おもろさうし於とおてぃ、必じ、くぬ首里杜ぐしくぬ対句とぅなてぃ=おもろさうしで、必ず、首里杜ぐしくの対句として、
出じてぃ来ゅうしえ、「またまもりぐすく(真玉杜ぐしく)」やん=登場するのが「真玉杜ぐしく」である。
うぬ二ちぬ「ぐしく」お、おもろさうしんかい最ん繁く書かっとおん=この二つのグシクはおもろさうしでは最も頻繁に記述されている。
琉球ぬ一番ぬ御嶽やくとぅ、当たり前んでぃ言いねえ当たい前やん=琉球最高位の御嶽だから当然といえば当然である。
「真玉杜ぐしく」お、京ぬ内んかいある幾ちがなある御嶽ぬ=「真玉杜ぐしく」は京の内にある幾つかの御嶽の
うちぬ一ちやたんでぃぬ事やるむんぬ=うちの一つとされているものの、 「京ぬ内」は首里城内の南西側にあって、幾つかの「御嶽」のある「宗教区」である。
何るがやら分からんなとおんでぃぬ事=どれか分からなくなっているとの事。
聞得大君びけんぬ拝どおたくとぅどぅ、あんなとおらあ?…=聞得大君だけが拝んでいたからそうなったのだろうか?…。聞得大君は琉球王朝最高位の神官で王の姉妹がなった。

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