2016年02月

普天満宮裏く宜野湾市)

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 天間満宮(ふてぃんまぐう)や「神仏習合」ぬ寺(てぃら)やん。
 くまんかいや色(いる)んな伝(ちて)え話(ばなし)ぬあしが、尚泰久王(おう)ぬぎれえたるむぬやんでぃぬ事(くとぅ)。
 尚泰久王ぬ世(ゆう)や、護佐丸(ぐさまる)、阿麻和利(あまうい)、大城賢勇(うふぐしくけんゆう)んでえぬ中山(ちゅうざん)ぬ按司(あじ)ん達(ちゃあ)ぬ戦(いくさ)さる乱(みだ)り世(ゆう)やたん。
 乱り世んでぃ言(ゆ)しやか、尚泰久王が中山ぬんかい残(ぬく)とおるたる主立(うむだ)ちゅる按司ん達、片付(かた)きゆる為(たみ)ぬ戦世がやたらん分からん。
 あんし、尚泰久王や供養(くよう)ぬ積合(ちむええ)がやたら、くぬ普天満宮(ふてぃんまぐう)かたくじら琉球(るうちゅう)ぬあまくまんかいちゃっさきいぬ神仏寺(てぃら)造(ちゅく)たん。
 やしが琉球や聞得大君(ちふぃじん)ぬ構(かむ)ゆる御嶽御願(うたきうぐぁん)ぬ国(くに)どぅやるむぬ、神仏寺ぎれえゆんでえ、ふぃるましむぬんやたん。
 うぬ話(なはしい)や措(う)ち、普天満宮ぬくさあ、写真ぬ後(くさあ)むてぃいんかい、米軍基地(びいぐんちち)ぬあしよお、風儀(ふうじ)ん無(ねえ)えらん。

【語句】
天間満宮や「神仏習合」ぬ寺やん=普天満宮は神仏習合の寺である。すなわち、東寺真言宗の寺と神社の両方がある。
くまんかいや色んな伝え話ぬあしが=ここのには色んな伝説があるが、
尚泰久王ぬぎれえたるむぬやんでぃぬ事=(いずれにせよ)尚泰久王が造営したものであるとのこと。
尚泰久王ぬ世や、護佐丸、阿麻和利、大城賢勇んでえぬ=尚泰久王の時世は護佐丸、阿麻和利、大城賢勇といった、
中山ぬ按司ん達ぬ戦さる乱り世やたん=中山豪族らが戦争をした乱世であった。
乱り世んでぃ言しやか、尚泰久王が中山ぬんかい残とおるたる=乱世というより、尚泰久王が中山(勢力の一部)としていた、中山が琉球を統一したと言っても、北山、南山を滅ぼしただけ、中山国自体は国内按司の連合国に過ぎなかった。したがって、有力で手ごわい護佐丸(中城城)、阿麻和利(勝連城)、大城賢勇(越来城)らは温存され、首里に忠誠を誓いつつも、その勢力は強大であり、尚家にとっては恐怖であったため、首里の尚泰久は中城護佐丸からは嫁を貰い、娘を勝連阿麻和利に嫁がせたりしていたが、恐怖は収まらなかった。勿論、勝利者の歴史書にはこれらの感触はない。
主立ちゅる按司ん達、片付きゆる為ぬ戦世がやたらん分からん=主な豪族を一掃する為の戦争時代だったかも知れない。
あんし、尚泰久王や供養ぬ積合がやたら=そして、尚泰久王は、(これらの豪族たちの)供養の積りだったのか、
くぬ普天満宮かたくじら琉球ぬ=この普天間宮はじめ、琉球の
あまくまんかいちゃっさきいぬ神仏寺造たん=あちこちに神仏寺を造営したのである。
やしが琉球や聞得大君ぬ構ゆる御嶽御願ぬ国どぅやるむぬ=だが、琉球は聞得大君が管理する御嶽新興の国であるのに
神仏寺ぎれえゆんでえ、ふぃるましむぬんやたん=神社、仏閣を造営するというのは、妙であった。
うぬ話や措ち、普天満宮ぬくさあ、写真ぬ後むてぃいんかい=その話はさておき、普天間宮の後(写真の後)に
米軍基地ぬあしよお、うぬ景色え風儀ん無えらん=米軍基地のあることよ、風景的にみっともない。

大寒波(国頭村)

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 行(ん)じゃる23日、ゆうしいねえ、雪(ゆち)ぬ降(ふゆ)ゆる筈(はじ)んでぃぬニュース聴(ち)ちゃあに、しょう抜(ぬ)ぎてぃ山原(やんばる)んかい行(ん)じゃん。
 やしが、予報(めえかにてぃぬしらし)ぬ高昼間(たかふぃるま)なてぃん、雪え降(ふ)らな、冷(ふぃず)い小(ぐぁあ)とぅ写真(しゃしん)ぬ如(ぐと)おる白波(しらなみ)びけんどぅ見(ん)ちゃる。
 「寒波(カンパ)」んでぃ言(い)いねえ、寒(ふぃい)さる空気(くうち)ぬ等圧線(とうあちせしん)ぬまどぅぬいばさぬ、波(なみ)んかい似(に)ちょおるくとぅどぅ、あん言(い)ちょおる風儀(ふうじ)。
 やしが、抜(ぬ)じぇえる写真ぬ波え実(じゅん)にぬ「寒(ふぃい)さ波」やん。
 いやでぃん、夏(なち)んじやてぃん台風(てえふう)ぬばあや、写真ぬ如(ぐと)おる景色(ちいち)え当(あ)たい前(めえ)にある筈(はじ)やしが、うん如(ぐと)おる波、山原んじ、見(ん)ちゃしえ、初(はじ)みてぃやん。
 我(わあ)が見(ん、ん)じゅるいっそうまぬ山原(やんばる)ぬ海(うみ)え、とぅるでぃ、まあまでぃん青(おお)ってえんし、さざら波えあてぃん、池(いち)ぬ水心(みじぐくる)どぅやたるむぬ、あんすかなあまでぃん、面目口(ちらみいくち)ぬ変(か)わゆるむんがやら。

【語句】
大寒波(おおふずるかんじ)
 行じゃる23日、ゆうしいねえ、雪ぬ降ゆる筈んでぃぬ=さった23日、ひょっとすると、雪が降るかもしれないとの、
ニュース聴ちゃあに、しょう抜ぎてぃ山原んかい行じゃん=ニユースを耳にして、慌てて、北部に向かった。
 やしが、雪予報ぬ高昼間なてぃん、雪え降らな、冷い小とぅ=雪予報の昼下がりになってお、雪は降らず、冷雨と
写真ぬ如おる白波びけんどぅ見ちゃる=写真のような白波だけを見ただけである。
「寒波」んでぃ言いねえ、寒さる空気ぬ等圧線ぬまどぅぬいばさぬ=「寒波」といえば、冷たい空気の等圧線の間隔が狭く、
波んかい似ちょおるくとぅどぅ、あん言ちょおる風儀=波に似ていることから、そのように言うらしい。
やしが、抜じぇえる写真ぬ波え実にぬ「寒さ波」やん=だが、写した写真の波は本当の「寒波」である。
いやでぃん、夏んじやてぃん台風ぬばあや、写真ぬ如おる景色え=きっと、夏でも台風の際は、写真のような景色は、
当たい前にある筈やしが、うん如おる波、=当然に見られる筈であるが、写真のような波を、
山原んじえ、見ちゃしえ、初みてぃやん=北部では初めて見るのは初めてである。
我が見じゅゅるいっそうまぬ山原ぬ海え、とぅるでぃ=私が見る普段の北部の海は、
まあまでぃん青ってえんし、さざら波えあてぃん池ぬ水心どぅやたるむぬ=どこまでも青く、細波はっても、池の水のように凪いでいるのに、
あんすかなあまでぃん、面目口ぬ変わゆるむんがやら=これほどまでに、表情が一変するものだろうか。

 どおでぃん、写真まぎくなち見ち呉みそおり=どうか、写真を拡大してご覧ください。


*コメントお、なれえ、うちなあぐちし、御願えさびら。コメントぬうちなあぐちあらんばすお、返事さんばすんあいびいん。(可能なかぎり、コメントは沖縄語で御願いします。コメントが沖縄語でない場合は返事がない場合があります)。

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