2016年09月

天仁屋ぬ集会所(名護市)

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 何(ぬう)がやら、あながさんでぃ思(うみ)いねえ、がじゅまるんかい提(さ)ぎらっとおる村鐘(むらがに)え、戦後(いくさあとぅ)、いいくる、まあぬ村(むら、シマ)んかいんあたる米軍(アミリカ)むんぬボンベやる事(くとぅ)やん。
 ボンベえ鳴(な)らしいねえ、まあまあでぃん響(ひび)ちゅん。
 幾(いく)けん叩(たた)ちいねえ、何(ぬう)ぬ揃(すり)いとぅか知(し)らし事(ぐとぅ)とぅか、村(むら)ぬかあじ決(ち)わみらっとおたん。
 我(わあ)が村鐘ぬ事なかい、一番(いちばん)ぬ恐(うとぅる)さ思(うみ)いさる事ぬあん。
 我が幼稚園ぬばすがやたらあ、ちゅうちゃん、村鐘ぬばんない鳴(ない)いたん。
 村ぬ男(ゐきが、いきが)ぬ色青(いるおお)じゃあなやあに、アミリカ―ぬ来(ち)ょおんどおし、叫(あ)びてぃ回(みぐ)てぃ歩(あ)っちょおたん。
 かたがた遊(あし)びいが来(ち)ょおたる隣(とぅない)ぬあんまあぬ戸(はしる)ぬあるっさ、閉(く)うい満(み)ちてぃ、あんし、我(わん)とぅ母(あんまあ)、まじゅん押(う)し入(い)りんかい籠(く)みやあに、我ねえ、母なかい息(いいち)んなたんあたい口覆(くち)すらっとおたん。
 隣ぬ意地(いじゃ)ああんまあや、戸(はしる)ぬ穴小(みいぐぁあ)から、アミリカ兵ぬ去(は)ゆし見(ん)ちょおたん。

【語句】
何がやら、あながさんでぃ思いねえ=どこか懐かしいと思ったら、
がじゅまるんかい提ぎらっとおる村鐘え=がじゅまるに提げられている村鐘は、
戦後、いいくるまあぬ村んかいんあたる=戦後は、殆どの集落にあった
米軍むんぬボンベえあらに=米軍用のボンベではないか。
ボンベえ鳴らしいねえ、まあまあでぃん響ちゅん=ボンベは叩けば、どこまでも響く。
幾けん叩ちいねえ、何ぬ揃いとぅか知らし事とぅか=何回叩けば、何の集会とか、どのような知らせとか、
村ぬかあじ決わみらっとおたん=村ごとに決められていた。
我が村鐘ぬ事なかい、一番ぬ恐さ思いさる事ぬあん=私は村鐘で底知れぬ恐怖を覚えた事がある。
我が幼稚園ぬばすがやたらあ、=私が幼稚園の時だっただろうか、
ちゅうちゃん、村鐘ぬばんない鳴いたん=突然、村鐘が激しく鳴った。
村ぬ男ぬ色青じゃあなやあに、アミリカ―ぬ来ょおんどおし=村の男(自治会の人だったのか)が、血相をかえて、米兵が来たと、
叫やがなあ、走合なてぃ、回てぃ歩っちょおたん=叫びながら、走り回っていた。最後の「歩っちょおたん」は慣用句で「していた」という意味。「走合なてぃ」とは矛盾しないので念のため。
かたがた遊びいが来ょおたる隣ぬあんまあぬ=たまたま、遊びに来ていた隣のおばさんが、
戸ぬあるっさ、閉うい満ちてぃ=全ての戸を閉め切って、
あんし、我とぅ母、まじゅん押し入りんかい籠みやあに=そして、私と母を押し入れに籠めて、
我ねえ、母なかい息んなたんあたい口覆すらっとおたん=私は、母に息もできないほど、口を塞がれていた
隣ぬ意地ああんまあや、戸ぬ穴小から=隣の勇敢なおばさんは、戸の隙間から
アミリカ兵ぬ去ゆし見ちょおたん=アメリカ兵が通り去っていくのを見ていた。後で聞いた話では、米兵は5名ぐらいだったとのことである。

ジョン萬次郎ぬ淀どおたる翁長(豊見城市)

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 沖縄(うちなあ)ぬまあにんあいぎさる景色(ちいち)えやしが、くまぬ翁長(うなが)あ、1851年(にん)んじ、アミリカから戻(むどぅ)てぃ来(ち)ゃるジョン(中濱)萬次郎ぬ淀(ゆどぅ)みらっとおたる村(むら)なとおん。
 萬次郎やハワイから上海んかい行(い)ちゅる商船(あちねえぶに)ぬんかい乗(ぬ)やあに、糸満(いくまん、いとぅまん、いちまん)ぬ沖(ううち)んじ、前予(めえかに)てぃ、自(どぅう)し買(こ)おてぃ、うぬ商船ぬんかい乗(ぬ)してえたる舟小(ふにぐぁあ)んかい乗(ぬ)い換(けえ)やあなかい、チャンクミーシ(喜屋武米須)んかい上陸(あが)たんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 うぬ後(あとぅ)、琉球(るうちゅう)ぬ番所(ばんず)んじ、検(あらた)みらってぃ、豊見城(てみぐしく)ぬ翁長ぬT家んかい半年(はんにん)びけえ、預(あじ)きらっとおたんでぃぬ事。
 村(むら)ぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)とぅふぃれえ事さい、祭(まちい)んかい揃(すり)たいさあに、何(ぬう)ぬ不足(ふすく)ん無(ね)えらんたる筈(はじ)。
 やしが、海眺(うみなが)みいねえ、生(ん)まりたる故郷(くちょう)、幾件(いくけん)、思(うび)い出(ん)じゃちが居(をぅ)らたあん分(わ)からん。
【語句】
沖縄ぬまあにんあいぎさる景色えやしが=沖縄のどこにもありそうな景色ではあるが、
くまぬ翁長あ、1851年んじ、アミリカから戻てぃ来ゃる=ここ翁長は、1851年に、米国から戻ってきた
ジョン(中濱)萬次郎ぬ淀みらっとおたる村なとおん=ジョン(中濱)萬次郎が止め置かれた村である。
萬次郎やハワイから上海んかい行ちゅる商船ぬんかい乗やあに=萬次郎はハワイから上海行の船に乗って
糸満ぬ沖んじ、前予てぃ、自し買おてぃ=糸満沖で、予め自分で購入して、註:資金は金鉱を掘り当てて作ったといわれる。彼の小舟は「アドベンチャー号」。
うぬ商船ぬんかい乗してえたる舟小んかい乗い換えやあなかい=その商船に乗せてあった小舟に乗り換えて、
チャンクミーシ(喜屋武・米須)んかい上陸たんでぃぬ事やん=チャンクミーシに上陸したのとのことである。註:萬次郎は、米国に行く時も糸満沖を航行したが、その時に地名をチャンクミーシ(喜屋武・米須)と覚えていたという。
うぬ後、琉球ぬ番所んじ、検みらってぃ、豊見城ぬ翁長ぬT家んかい=その後、琉球の番所(村役場)で取り調べられ、豊見城の翁長のT家に
半年びけえ、預きらっとおたんでぃぬ事=半年ばかり、預けられていたとの事。
村ぬ人ん達とぅふぃれえ事さい、祭んかい揃たいさあに=村人達と交流したり、祭に参加したりして、
何ぬ不足ん無えらんたる筈=何不自由もなかったはずである。
やしが、海眺みいねえ、生まりたる故郷=だが、海を眺めれば、生まれ故郷を
幾件、思い出じゃちが居らたあん分からん=何度、思い出した事だろうか。
ギャラリー
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