2016年11月

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 とっくりきわたぬ花(はな)あ、桜花(さくらばな)ねえし、枝(ゆだ)いっぺえ、ぶき色(いる)し咲(さ)ちゅくとぅ、実(じゅん)に、ちびらあさん。
 くぬ節(しち)え、とっくりきわたぬ花ぬ節やん。
 道(みち)から車(くるま)歩(あ)っかさがなあ、眺(なが)みいねえ、見惚(みいぶ)りいさに、肝(ちむ)うらあきらりいん。
 写真(しゃしん、さしん)ぬんかいある通(とぅう)い、いちゃっさきいぬ花ぬ、きっさ地(じい)んかい、けえ落(をぅ)てぃてぃねえらな、咲ち過りとおいぎさん。
 同(い、ゆ)ぬぶき色やる桜花(さくらば)やか、長(なげ)えさむとぅうち咲(さ)ちゅしえ咲ちゅしが、見物(ちんぶち)するむんどぅんやれえ、なあふぃん、多(うふ)く、けえ落(うてぃ)てぃ後(あとぅ)ぬ寂(さ)び花、見(ん)じゅしやか、今(なま)ぬうちなかい、見物そおちゅしえまし。
 那覇(なあふぁ)ぬ街(まち)んかいや並木(なんぎい)とぅしち、まんどおしが、田舎(いなか)んかいや、ちんじんとぅどぅある。
 車(くるま)淀(ゆどぅ)まち迄(までぃ)、見(ん)じゅるっ人(ちゅ)お、我一人(わんちゅい)やあらな、なあふぃん居(をぅ)たん。

【語句】
とっくりきわたぬ花あ、桜花ねえし、枝いっぺえ=とっくりきわたの花は桜と同じように、枝いっぱいに、
ぶき色し咲ちゅくとぅ、実に、ちびらあさん=ピンク色で咲くので、実に素晴らしい。
くぬ節え、とっくりきわたぬ花ぬ節やん=この季節は、とっくりきわたの季節である。
道から車歩っかさがなあ、見じいねえ=道路から車を運転しながら、眺めると、
見惚りいさに、肝うらあきらりいん=見とれて、心が癒される。
写真ぬんかいある通い、いちゃっさきいぬ花ぬ=写真で見るように、多くの花が
きっさ地んかいけえ落てぃてぃねえな、咲ち過りとおいぎさん=すでに、地面に落ちてしまい、満開は過ぎたらしい。
同ぬぶき色やる桜花やか長えさむとぅうち咲ちゅしえ咲ちゅしが=同じピンク色の桜より長らく咲き続けることは咲き続けるが
見物するむんどぅんやれえ、なあふぃん、多く=見物するのであれば、これ以上、沢山
けえ落てぃ後ぬ寂び花、見じゅしやか=落ちてしまい、寂しい姿をみるより、
今ぬうちなかい、見物そおちゅしえまし=今のうちに、見物しておいた方がよい
那覇ぬ街んかいや並木とぅしち、まんどおしが=那覇の街には、並木として多いが
田舎んかいや、ちんじんとぅどぅある=田舎には点在するのみである。
車淀まち迄、うり見じゅるっ人お=車を停めてまで、これを見物する人は
我一人やあらな、なあふぃん居たん=私一人ではなく、もっと居た。

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 写真(しゃしん、さしん)ぬくまぬ側あ勝連城(かっちんぐしく)ぬ頂(ちじ)んかいあぬ「たまのみうち」ぬ跡やん。
 おもろさうしんかい、「かつれんわ てだむかて またま こかね よりやう たまのみうち」んでぃち歌(うた)あらっとおん。
 昔(んかし)え京(ちょう)、鎌倉(かまくら)んかい譬(たとぅ)らとおたんでぃち、おもろさうしんかいあるあたい、あいゆあかん、むてい栄(さけ)えてぃ、琉球(るうちゅう)ぬあまくまから若者達(わかむんちゃあ)ぬ寄(ゆ)てぃ来(ち)ゅうたんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 城下町(かっかちんゑえぐに)んかいや華国迄(はなぐにまでぃ)んあたん。去(ん)じゃる9月(くんぐぁち)、くぬ城内(ぐしくうち)ぬ南(ふぇえ、へえ)むてぃんんじ、ローマ代(ゆう)、オスマントルコ代(ゆう)ぬ鉄銭(かにじん)ぬ見出(みいん)じゃさったんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 城ぬ東方(あがりかた)ぬ藪地島(やぶちじま)あ海賊(はいちぇえ、倭寇)ぬ巣(しい)やたんでぃぬ伝(ちて)え話(ばなし)んあん。ゆうしいねえ、勝連や世界中(しけじゅう)ぬ宝物(たからむん)ぬ寄(ゆ)所(どぅくる)がやたらあ?。滅だる後お、勝連や枯(か)国とぅなたん。
 首里(しゅい)から見(ん)ちん、実(じゅん)に羨(うれえま)さる国(くに)やたる筈(はじ)。
 一番後(いちばんあとぅ)ぬ城主(ぐしくぬぬうし)阿麻和利(あまわい)や首里なかい滅(ふる)ぶさったるむぬやしが、何(ぬう)が目当(みや)てぃやたらあ?
 歴史(りちし)え「欠席裁判」どぅやくとぅ、実(じゅん)にぬ事(くと)お分(わ)からん。

【語句】
写真ぬくまぬ側あ勝連城ぬ頂んかいあぬ「たまのみうち」ぬ跡やん=写真の手前は勝連の天辺にある「たまのみうち(玉の御内)」の跡である。
おもろさうしんかい=おもろ草紙に
「かつれんわ てだむかて またま こかね よりやう たまのみうち」=「勝連は太陽に向かい、真玉黄金寄り合う玉の御内」
んでぃち歌あらっとおん=と歌われている。
昔え京、鎌倉んかい譬らとおたんでぃち=昔は(本土の)京、鎌倉に譬えられていたと、
おもろさうしんかいあるあたい=おもろ草紙にあるほどに、*「かつれんは なおにきや たとゑる やまとのかまくらに たとゑる」とある。(勝連は何に譬えようか、大和の鎌倉に譬えられる) これは首里王府には面白くなかっただろう。
あいゆあかん、むてい栄えてぃ=とても栄え、
琉球ぬあまくまから若者達ぬ寄てぃ来ゅうたんでぃぬ事やん=琉球のあちこちから若者らが集まって来たのことだ。
勝連親国んかいや華国迄んあたん=城下町には遊郭まであった。
去じゃる9月、くぬ城内ぬ南むてぃんんじ=さる9月に、この城内の南側の区域で
ローマ代、オスマントルコ代ぬ鉄銭ぬ見出じゃさったんでぃぬ事やん=ローマ時代、オスマントルコ時代のコインが発見されたとの事である。
城ぬ東方ぬ藪地島あ海賊、倭寇)ぬ巣やたんでぃぬ伝え話んあん=城の東方の藪地島は倭寇の基地だったとの(地元の)伝説がある。
ゆうしいねえ、勝連や世界中ぬ宝物ぬ寄い所がやたらあ?=ひょっとしたら、勝連は世界中の宝物が寄り集まる所だったのか
首里から見ちん、実に羨さる国やたる筈=首里から見ても、実に羨ましい国だったに違いない。
一番後ぬ城主阿麻和利や首里なかい滅ぶさったるむぬやしが=最後の城主、阿麻和利は首里に滅ぼされたのであるが、
何が目当てぃやたらあ?=(首里の)目当ては何だったのだろうか
滅だる後お、勝連や枯り国とぅなたん=滅んだ後は、勝連は寂びれた国となった。
歴史え「欠席裁判」どぅやくとぅ、実にぬ事お分からん=歴史は「欠席裁判」なので、本当の事は分からない。

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