2017年01月

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 大御寺(うふうてぃら=円覚寺)あ、門(じょう、ぞう)や又とぅ造(つく)らっとおしが、うむこうや2018年(にん)じ又とぅ造ゆるくぬみなとおんでぃぬ事(くとぅ)。
 門ぬ後(くさあ)ぬ池(いち)え、後生(ぐしょう、ぐそう)んかい渡(わた)ゆる沸(わ)じり川(があ)(熱湯川)んでぃ言(ゆ)ん。
 中山国(ちゅうざんくく)尚真王ぬ第二尚氏ぬ菩提寺とぅさあに、ぎれえらったるむぬやん。
 やしが、元々(むとぅむとぅ)、琉球(るうちゅう)や聞得大君(ちふぃじん)ゆ頭(かしら)とぅしち、親(うや)ふじ、又あまくまぬ御嶽(うたき)、崇(あが)みゆるをぅない神(がみ)ぬ国(くに)どぅやたるむぬ、尚真王や何(ぬう)でぃち、仏教(ぶち)ぬ寺ぎれたるむぬがやあ。
 昔(んかし)からぬをぅない神え、第一尚氏ぬ守(まむ)い神どぅやるんでぃち、考(かんげ)えやあに、うり滅(ふる)ばちゃる第二尚氏ん守(まむ)てぃ取(とぅ)らする事(くとぅ)にちいてえ、心配(しわ)がやたらあん分(わ)からん。
 中城(なかぐしく)ぬ護佐丸(ぐさまる)、勝連(かっちん)ぬ阿麻和利(あまおえ、あまわい)、越来(ぐぃいく)ぬ大城(うふぐしく)賢勇たあ滅ばちゃる尚泰久王ん、又、寺(てぃら)、幾(いく)ちん三(みい)ちん、ぎれえたん。うけい思(うみ)いがそおたらあ。

【語句】
大御寺(円覚寺)あ、門や造い直さっとおしが=円覚寺は総門は復元されたが、
うむこうや2018年じ造い直するくぬみなとおんでぃぬ事=本殿は2018年に復元する計画だとのこと。
門ぬ後ぬ池え、後生んかい渡ゆる沸じり川んでぃ言ん=総門の後の池は、あの世に渡る「熱湯川」という。
中山国尚真王ぬ第二尚氏ぬ菩提寺とぅさあに、ぎれえたるむぬやん=中山国尚真王が第二尚氏の菩提寺として建立したものである。
やしが、元々、琉球や聞得大君ゆ頭とぅしち=だが、元々、琉球は聞得大君を頂点とする
親ふじ、又あまくまぬ御嶽、崇みゆるをぅない神ぬ国どぅやたるむぬ=祖先崇拝、各地にある御嶽信仰をする女神の国であるにも関わらず、
尚真王や何でぃち、仏教ぬ寺ぎれえがたあ=尚真王は何故、(菩提寺として)仏教の寺を建てたのか。
昔からぬをぅない神え、第一尚氏ぬ守い神どぅやるんでぃち=昔からの女神信仰は第一尚氏の守り神であると、
考えやあに、うり滅ばちゃる第二尚氏ん=考え、かれらを滅ぼした第二尚氏について、
守てぃ取らする事にちいてえ、心配がやたらあん分からん=守って呉れることについては不安があったのかもしれない。
中城ぬ護佐丸、勝連ぬ阿麻和利、越来ぬ大城賢勇たあ=中城の護佐丸、勝連の阿麻和利、越来の大城賢勇らを
滅ばちゃる尚泰久王ん、又、寺、幾ちん三ちん、ぎれえたん=滅ぼした尚泰久王もまた、寺を幾つも建立した。註:「幾ちん三ちん」は「たくさん」という意味の慣用句で「三ちん」はあまり意味がない。
うけい思いがそおたらあ=不安がっていたのだろうか。

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 辺戸岬(ふぃどぅみさち、ひどぅみさち)え、カルスト地形なやあに、実(じゅん)に岩(しい)ぶったあし、固々(くふぁぐふぁ)とぅそおる眺(なが)みやん。
 あがたぬ安須森(あすむい、あしむい)ん、同(い)ぬカルスト台地なとおん。安須森(辺戸御嶽んでぃん言ん)や、琉球(るうちゅ)ぬまぎ嶽(うたき)とぅち、崇(あが)みらっとおん。
 うぬ森(むい)や四(ゆう)つちぬ山(あま)からなとおん。
 地(じい)ん人(ちゅ)お、左(ふぃざい)からイヘヤ、チザラ、アフリ、シヌクシんでぃち言(い)ちょおいぎさん。
 うぬ景色(ちいち)え、万座毛(まんざもう)ぬ景色とぅまじゅん、復帰前(ふっちめえ)頃迄(ぐるまで)え、某TV局(ちく)ぬ「水曜郷土劇場」ぬテーマ景色やたんでぃぬ覚(うび)いぬあん。
 うんにい迄(まで)え、十余(とぅうあま)いぬ若者(わかむぬ)ぬん、うちなあぐち叫(あ)びゆすたくとぅ、郷土劇場や、御万人(うまんちゅ)ぬ楽(たぬ)しみとぅなとおたん。
 うんにいから、なあ4、50年(しぐじゅうにん)ぬん経(た)っち、うちなあぐち叫びゆする人ん、いきらくなやあに、うちなあぐち芝居(しばい)ん、廃(した)りてぃ来(ち)ょおん。
やしが、滅(ふる)びてえ居(をぅ)らん。

【語句】
 辺戸岬え、カルスト地形なやあに、実に=辺戸岬は、カルスト地形であり、
岩ぶったあし、固々とぅそおる眺みやん=岩だらけの荒々しい景色となっている。
あがたぬ安須森ん、同ぬカルスト台地なとおん=向うの安須森も同じくカルスト台地である。
安須森(辺戸御嶽んでぃん言ん)や=安須森(辺戸御嶽ともいう)は、
琉球ぬまぎ嶽とぅち、崇みらっとおん=琉球の大聖地として信仰されている。
うぬ森や四つちぬ山からなとおん=その森は四つの山からなる。
地ん人お、左からイヘヤ、チザラ、アフリ、シヌクシ=地元では、左からイヘヤ、チザラ、アフリ、シヌクシ、
んでぃち言ちょおいぎさん=と、呼んでいるようである。
うぬ景色え、万座毛ぬ景色とぅまじゅん=その景色は、万座毛とともに
復帰前頃迄え、某TV局ぬ「水曜郷土劇場」ぬ=復帰前頃までは、某テレビ局の「水曜郷土劇場」の
テーマ景色やたんでぃぬ覚いぬあん=テーマ景色だったように記憶している。
うんにい迄え、十余いぬ若者ぬん、うちなあぐち叫びゆすたくとぅ=あの頃までは十代の若者も、沖縄を話す事ができたので
郷土劇場や、御万人ぬ楽しみとぅなとおたん=水曜郷土劇場はすべての人々の楽しみとなっていた。
うんにいから、なあ4、50年ぬん経っち=あれから、もう4、50年も経ち、
うちなあぐち叫びゆする人ん、いきらくなやあに=沖縄語を喋れる人も少なくなり、
うちなあぐち芝居ん、廃りてぃ来ょおん=沖縄語劇(芝居)も衰退している。
やしが滅びてえ居らん=だが、滅びてはいない。

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