2018年01月

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 石垣(いしがち)え幅(はば)取(とぅ)ゆくとぅ、今(なま)あいいくるブロック囲(がく)いんかいけえ変(か)わとおん。
 浜比嘉島(ばまふぃざじま)んでえぬ離(はな)りんかいんや、今(なま)ん大石垣(うふちがち)ぬ残(ぬく)とおる所(とぅくる)んあしが、今(なま)ちきてぃ、じじ内(うち)んかい、くんな大石垣ぬあしえ目張(みいは)い事(ぐとぅ)やんでぃ思(うむ)ゆん。
 んちゃ、左(ふぃざい)むてぃいぬ石垣(しがち)囲(がく)いぬ中(なあか)あ、音高(うとぅだか)さる中村(なかむら)家(やあ)なとおん。
 中村家ぬ代々(でえでえ)ぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)ぬ石垣ん家屋敷(やあやしち)ぬ組(ぐう)やんでぃち、昔(んかし)ぬ侭(まま)残ちぇえるむんがやら。
 八重山(いぇえま)んでえぬ石垣え人丈(ちゅたき)え無(ね)えらんしが、くまあ2m余(あま)いやあいがすら。
 道ん石道(いしみち)やい、うぬすばなありい植(ゐ)いらっとおる木(きい)ん福木(ふくぎ)やくとぅぬ実(じゅん)に昔(んかし)風儀(ふうじい)ぬ風景(ちいち)なちょおん。
 まんぐらんかいや中城城(なかぐしくぐしく)はじみ、昔(んかし)樋川(があ)、ぬん殿内(どぅんち)跡(あとぅ)、拝(うがみ)み所(どぅくる)ん、多(うほう)く残(ぬく)さっとおい、昔物(んかしむん)残(ぬく)さんでぃすぬ地(じい)ん人(ちゅ)ぬ思(うみ)はまい様(よう)ぬ分(わか)かゆん。
 うり見物(しんぶち)する事(くとぅ)ん、又(また)文化(ぶんくぁ)ぬ遺産(ゆじり)残する手(てぃ)がねとぅなゆん。

【語句】
石垣え幅取ゆくとぅ、今あ、いいくる=石垣は幅が大きいので、現在は、概ね
ブロック囲いんかいけえ変わとおん=ブロック囲いに変わってしまった。
浜比嘉島んでえぬ離りんかいんや、今ん=浜比嘉島など離島には今も
大石垣ぬ残とおる所んあしが、今ちきてぃ=大きな石垣が残っている地域もあるが、今だに、
じじ内んかい、くんな大石垣ぬあしえ=本島にこのような大きな石垣があるのは、
目張い事やんでぃ思ゆん=驚くべきことだと思う。
んちゃ、左むてぃいぬ石垣囲いぬ中あ=なるほど、左側の石垣囲いの中は、
音高さる中村家なとおん=有名な中村家である。
中村家ぬ代々ぬ人ん達ぬ石垣ん家屋敷ぬ=中村家の代々の人々が石垣も家・屋敷と、
組やんでぃち昔ぬ侭残ちぇえるむんがやら=セットだと考え昔のまま残しているものなのだろうか
八重山んでえぬ石垣え人丈え無えらんしが=八重山などの石垣囲いは人の高さはないが
くまあ2m余いやあいがすら=ここは2m以上はあるだろうか。
道ん石道やい、うぬすばなありい植いらっとおる木ん=道は石畳であり、道沿いに植えられている木も、
福木やくとぅぬ実に昔風儀ぬ風景なちょおん=福木であるから本当に昔風の風景をなしている。
まんぐらんかいや中城城はじみ、昔樋川、ぬん殿内跡=周辺には中城城はじめ昔の樋川、ノロ屋敷跡、
拝み所ん、多く残さっとおい、昔物残さんでぃすぬ=拝所も多く保存されており、遺産を保存しようとする
地ん人ぬ思はまい様ぬ分かゆん=地元の努力が伝わる。
うり見物する事ん、又文化ぬ遺産残する手がねとぅなゆん=それを見物する事も又文化遺産を残す手助けとなる。

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 毎年(めえにん)、正月(しょうぐぁち)ねえ、玉城(たまぐしく)んかいあぬ先祖(しんず)ぬ家(やあ)んかい手押(てぃいう)さ合(あ)しいが来(ちゅ)ゅうん。
 いいくる、ちゃあしっちい、くぬ樋川(ふぃいざあ、ひいざあ)んかいん寄(ゆ)いしが、何時(いち)来(ち)ん、あながちさ思(うみ)いすん。
 昔(んかし)から仲村渠(なかんだかり)村(むら)ぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)ぬ暮(く)らし、加勢(かしい)し来(ち)ゃる井戸(かあ)なとおん。
 昔(んかし)え、飲(ぬ)み水(みじ)はじみ、物洗(むんあれ)え、着物(ちん)洗(あれ)え、浴(あ)み水とぅしちん、使(ちか)あらっとおたん。
 今(なま)あ作(つく)いむんぬ為(たみ)びけんなかいどぅ使あらっとおしが、昔ぬ通(とぅう)い造(つく)い直(のお)さっとおん。
 石道(いしみち)びけんや昔物(んかしむん)やる風(ふうじ)儀。
 樋川や昔(んかし)ん人(ちゅ)にとぅてえ、いっぺえ大切(てえしち)なむんやたん。
 先祖ぬ使とおたる樋川やたくとぅんでぃち、今ん参拝(さんちい)しいが来ゅうる人ん達ぬまんどおん。
 くりかあや昔え栄(さけ)えとおたる所(とぅくま)やたる筈(はじ)。
 まんぐらんかいや、明天城、垣花城、玉城城、垣花樋川ぬあん。
 今ん福木垣(ふくじがち)なとおる屋敷(やしち)ぬまんどおる事お、かあま昔からぬ村やたる標(しるし)やん。

【語句】
毎年、正月ねえ、玉城んかいあぬ先祖ぬ家んかい=正月には玉城にある先祖の家に
手押さ合しいが来ゅうん=参拝しに来る。
いいくる、ちゃあしっちい、くぬ樋川んかいん寄いしが=序でにこの樋川にも立ち寄るのだが、
何時来ん、あながちさ思いすん=いつ来ても、懐かしい感じがする。
昔から仲村渠村ぬ人ん達ぬ暮らし=仲村渠集落の人々の生活を
加勢し来ゃる井戸なとおん=支えてきた井戸である
昔え、飲み水はじみ、物洗え、着物洗え=昔は飲み水はじめ、物洗いや洗濯、
浴み水とぅしちん、使あらっとおたん=(体を洗う)浴び水としても使用されていた。
今あ作いむんぬ為びけんなかいどぅ使あらっとおしが=現在は農業用水としてのみ使用されているが、
昔ぬ通い造い直さっとおん=昔の菅に復元されている。註:戦争で破壊された。
石道びけんや昔物やる風儀=石畳道だけは元のものであるようだ。
樋川や昔ん人にとぅてえ、いっぺえ大切なむんやたん=井戸は昔の人にとっては大切なものだった。
先祖ぬ使とおたる樋川やたくとぅんでぃち=先祖が使っていた井戸だからという理由で、
今ん参拝しいが来ゅうる人ん達ぬまんどおん=今も参拝に訪れる人が多い。
くりかあや昔え栄えとおたる所やたる筈=ここら辺は昔は栄えていたかもしれない。
まんぐらんかいや、明天城、垣花城、玉城城、垣花樋川ぬあん=周辺にはミントゥングシク、垣花城、玉城城、垣花樋川がある。
今ん福木垣なとおる屋敷ぬまんどおる事お=今も福木垣の屋敷が多いのは、
かあま昔からぬ村やたる標やん=古くからの集落である証拠である

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