2018年05月

金武ぬ本な田(金武町)

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 金武(ちん)や田所(たあどぅくる)んやん。
 戦前(いくさめえ)や田(たあ)ぶっくゎあぬ景色(ちいち)えまあにんあたしが、今(なあ)あ、見(ん)じいねえ、肝(ちむ)わさわさあするあたい、町方(まちがた)んああち、中頭島尻(なかぐみ、しまじり)ぬ人(ふ)ん達(ちゃあ)にとぅてえ、大事(でえじ)なみんだし物(むん)やん。
 田(たあ)や水(みじ)ぬ無(ね)えらんでえ成(なら)らん。
 田ぬある所(とぅくる)お当(あ)たい前(めえ)ぬ事(くとぅ)、又(また)水所(みじどぅくる)んやん。
 やくとぅ、田ぶっくゎぬある所お大事な豊(ゆたか)なてぃ見(みい)ゆん。
 んちゃ、近(ちか)くんかいや、大(ま)ぎ川(かあら)ん流(なが)りとおい、恩納(うんな)とぅ金武ぬ間(ええだ)んかいや高森(たかむい)んあん。
 田、見(ん)ちょおちいねえ、小(くう)さるばす、家組(やあぐな)揃(すり)てぃ、稲刈(いにか)いしちゃる事(くとぅ)思(うび)い出(ん)じゃすん。
 くまやかやぐま田小(たあぐゎあ)どぅやたしが、まんぐらんじ、遊ぶるうっさし、何(ぬう)がやらいしょうさたん。
 うんにいぬ童(わら)ん達(ちゃあ)や、いいくる田ぬまんぐらぬ小堀小(くむいぐゎあ)んじ、泳(ゐい)じゃるむぬやしが、今(なま)ぬ童ん達ん、泳じ遊(あし)びいがすら。


【語句】
金武や田所んやん=金武は田の多い地域でもある
戦前や田ぶっくゎあぬ景色えまあにんあたしが=戦前は田んぼの風景はどこにもあったが
今あ、見じいねえ、肝わさわさあするあたい=今は眺めるだけで胸がときめくほど、
町方んああち、中頭島尻ぬ人ん達にとぅてえ=都市部を含め中頭島尻の人々にとっては
大事なみんだし物やん=大変、珍しいものである。
田や水ぬ無えらんでえ成らん=田は水かなければ成り立たない。
田ぬある所お当たい前ぬ事、又水所んやん=田んぼのある地域は当然ながら水の豊かなところでもある。
やくとぅ、田ぶっくゎぬある所お大事な豊なてぃ見ゆん=だから、田んぼのある所はとても豊かに見える
んちゃ、近くんかいや、大ぎ川ん流りとおい=確かに近くには大きな川も流れているし
恩納とぅ金武ぬ間んかいや高森んあん=恩納村と金武町の間には高い山々がある。
田、見ちょおちいねえ、小さるばす、家組揃てぃ=田んぼを見ていると、幼い頃、家族そろって、
稲刈いしちゃる事思い出じゃすん=稲刈りをしたことを思い出す
くまやかやぐま田小どぅやたしが、まんぐらんじ=ここより、小さな田ではあったが、近くで
遊ぶるうっさし、何がやらいしょうさたん=遊ぶだけで何だか、楽しかった
うんにいぬ童ん達や、いいくる田ぬまんぐらぬ小堀小んじ=あの頃の子供たちは大抵、付近の水たまりで
泳じゃるむぬやしが、今ぬ童ん達ん=泳いで遊んだものだが、今の子供たちも
泳じ遊びいがすら=泳いで遊ぶだろうか

世どぅりとぅハクソー・リッジ(前田高地)ぬ戦え(浦添市)

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 世(ゆう)どぅりえ、浦添城(うらしいぐしく)ぬ北向(にしむ)てぃんかいある墓(はか)やん。
英祖王(いいすおう)、尚寧王(しょうねいおう)んでえぬ葬(ふうむ)らっとおんでぃ言(い)らっとおん。
 「世どぅり」んでえ、風(かじ)ぬとぅりとおる如(ぐとぅ)、戦(いくさ)ん、争(あらげえ)え事(ぐとぅ)ん無(ね)えん「平和世(ひいわゆう)」ぬ肝合(ちむええ)なかい名付(なあぢ)きらっとおん。(ヤマトゥ口風儀せえ「世凪」)。
 やしが、去(ん)じゃる沖縄戦(うちなあいくさ)ぬばすお、日米軍(にちびいいさく)ぬ2週間びけえ、うさうまさ戦(たたか)たる戦場(前田高地)(いくさば)とぅなたん。
 墓あ諸壊(むるくう)しさってぃ、今(なま)、在(あ)せえ復造(またづくい)えせえるむんどぅやる。
 うぬ戦話(いくさばなしい)や米映画(アミリカいいが)「ハクソーリッジ」なかい世界(しけ)んかい聞(ち)くぃいたん。
 怪我(きが)しちゃる米兵(びいひい)やグアムんじ養生(ようじょう)しみらってぃ、多(うふ)くお死(し)に残(ぬく)たんでぃしが、日本兵(にふんひい)や西原(にしばら)ぬ陸軍病院んかい添(そ)うらってぃ行(ん)じん、養生ぬしい道(みち)ん無(ね)えらな、いいくる死じゃんでぃぬ事(くとぅ)。
 日米ぬ沖縄人(うちなあちゅ)ぬ歴史(りちし)ん肝(ちむ)ん、むさっとぅ肝(ちむ)に掛(か)きらんかしえ、うんにいん今(なま)ん同(い)ぬむんやん。
 傍(すば)ふぃらんじ眠(にん)とおる伊波普猷ん、安(やし)まらんたる筈(はじ)。

【語句】
世どぅりえ、浦添城ぬ北向てぃんかいある墓やん=世どれは浦添城址の北壁側にある墓である
英祖王、尚寧王んでえぬ葬らっとおんでぃ言らっとおん=英祖王、尚寧王らが眠っていると言われる。
「世どぅり」んでえ、風ぬとぅりとおる如=「世どぅり」とは、風が凪いでいるが如く
戦ん、争え事ん無えん「平和世」ぬ肝合なかい=戦争も争い事もない「平和の世」という意味で
名付きらっとおん=名付けられた。註:「朝どぅり」、「夕どぅり」はそれぞれ「朝凪ぎ」、「夕凪ぎ」という意味である。
ヤマトゥ口風儀せえ「世凪」=日本語風にいえば「世凪」
やしが、去じゃる沖縄戦ぬばすお、日米軍ぬ=だが、先の沖縄戦では、日米両軍が
2週間びけえ、うさうまさ戦たる戦場(前田高地)とぅなたん=2週間ほど、死闘した激戦地(前田高地)となった
墓あ諸壊しさってぃ、今、在せえ復造えせえるむんどぅやる=墓は全壊し、今あるのは復元したものだ。
うぬ戦話や米映画「ハクソーリッジ」なかい=この戦争記は米映画「ハクソーリッジ」で、
世界んかいくぃいたん=世界的に知られた
怪我しちゃる米兵やグアムんじ養生しみらってぃ=負傷した米兵はグアムで治療させられ、
多くお死に残たんでぃしが=多くは生き残ったが、 註:「生き残る」ことを沖縄語では「生ち残ゆん」より慣用的に「死に残ゆん」を多く使う。
日本兵や西原ぬ軍病院んかい添うらってぃ行じん=日本兵の場合は西原にあった陸軍病院に運ばれたものの、
養生ぬしい道ん無えらな、いいくる死じゃんでぃぬ事=手当する術もなく、殆どは死んだという。註:ある証言では、青酸カリ等で「安楽死」させられたという。
日米ぬ沖縄ぬ歴史ん肝ん、むさっとぅ肝に掛きらんかしえ=日米が沖縄の歴史・心情に全く配慮しない事は、
うんにいん今ん同ぬむんやん=当時も今も同じである
傍ふぃらんじ眠とおる伊波普猷ん、安まらんたる筈=すぐ傍らで眠る伊波普猷も静かに眠る事ができなかったことだろう。註:沖縄学の父と言われる伊波普猷の墓も城址の一角にある。
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